第186話:本気の遊び


「それで、これからどうするんだっけ?」


 燐花の事情を聴いている内に中断した話題をカンナが呼び戻す。渡に関しての結論だけは、すぐにでも出しておかねばなるまい。

 あの男と近い内に戦いを交えるのは確実で、その為に一対一の土俵に上がってくれるかを確かめたい。

 この戦いは理想の実現に大きな役割を果たすことになるからだ。


「ああ、とりあえず電話してみるか」


「フウくんからの電話に出てくれないんじゃないの?」


「本当に緊急時のみって条件で恵さんの連絡先を受け取ってるからな」


 渡の片腕である恵に緊急性を判断させた上で、渡に繋ぐ仕組みだ。

 それは渡なりに彼女を信頼している証でもあり、渡ほどの男に判断を預けられる彼女の優秀さの証明でもあった。

 まずは渡が宣戦布告に乗ってくれるかを確認しなければ作戦も組みようがない。


 そこで、躊躇いなく恵の番号を呼び出した。


『・・・・・・久しぶりですね、何か御用でしょうか?』


 相変わらず生真面目そうな恵の声がするも、いきなり要件を聞いてくる辺りはリーダーの渡とどこか似ている。


「ああ、お久しぶり。宣戦布告をしに来たって伝えて欲しいんだけど」


『やはり、その件ですか。渡さんから伝言を預かっています。そろそろだろう

 と言っていましたから』


 やはり、渡はハイドリーフの動乱を収めたエンプレス・ロアがレギオン・レイドに目を付けることを見抜いていた。

 楓人の画策している方針など、先々まで想定して備えをする行動力と判断力が渡竜一には備わっている。


「それで、伝言の内容は・・・・・・?」


『”殺し合いをする気はねえ、死ぬ気で楽しもうぜ。今後の為にもな“と聞いています。私には正確な意味は解りかねますが・・・・・・』


 ―――成程、そこまで先を見抜いてくるか。


 自分を遥かに超えた器量を示す伝言を聞く楓人は、自然と浮かぶ笑みを抑え切れなかった。

 あの男は楓人達が持つ将来へのビジョンを完璧に言い当て、乗るメリットを見出したと暗に伝えて来たのだ。

 戦いに乗ってやる、宣戦布告を受ける、そんな意志は明確だった。


 つまり、渡は殺し合いよりも真っ向勝負による決着を望む。


『渡さんから勝負方法の案は聞いています。我々が提案するのは・・・・・・拠点戦とでも名付けましょうか』


 恵の説明は淀みなく、以前から渡がこのルールを考えていたのが伺える。


 変異者が力の使用を一方的に禁止されれば、いつかは爆発して大きな事件を起こすのは火を見るよりも明らかだ。

 その問題を解決する為に、以前からレギオン・レイドには目を付けていた。

 彼らが持つ裏賭博場の存在により、人を集める能力では申し分ない。


 では、人々に監視される中で堂々と力を振るう機会があればどうだろう。


 まともでない考えだと自覚しつつも、そこに一抹の可能性を見出せる。


 完全に禁止されると抗いたくなるのは当然の心理だ。

 それならば運営管理された環境で正式な競技として、変異者達が力を振るう機会を与える奇抜な考えを楓人達は持つ。

 場所の問題、参加者を過度に傷付けない工夫等の課題は多いが、取り組む価値は十分にあるだろう。

 管理局の地下施設を拡大して貰うのも手かもしれない。


 何にせよ、安全に戦える場を設けて変異者全体に『人殺しをせずに力を使える、交流の場が持てる』と周知させる。


 犯罪は厳しく管理しつつ、思う様に吐き出す場も用意することで安定化を図る。

 金銭的な利益もあり、聡明な渡は殺し合いでなく試合としての勝負を先立って提案して来た。

 勝負の手段としてあえて渡は方法に遊びを持たせた。



 ―――ルールは簡単、端的に言えば大将を潰した方が勝ち。



 現代で行われるには、馬鹿げた単純明快な集団戦。

 一対一などよりも双方のコミュニティーが納得せざるを得ない方法だ。


「命を奪ったり過剰な暴力を禁止って条件なら検討してもいい。それと場所をどうやって確保するんだ?」


『計画停電やガス爆発と言って管理局に封鎖させろ、と言われています』


 本当に滅茶苦茶もいい所だと、十人いれば九人は唾棄するルールだ。

 本来ならば血生臭い変異者の争いを、レギオン・レイドのリーダー自らが競技性を持たせた真っ向勝負に変えようとする。

 遊びでは誰も戦っていないのに、真っ向から純粋な勝負を行うつもりだ。


 実現すれば、相手陣営を攻め落とす戦略性が問われる奇妙な勝負になる。


『受けるならば、渡さんが条件設定の為に連絡を取っても良いそうですが』


「わかった、こっちもコミュニティー内で一度相談してみる」


 用件を言い終えた恵との通話は切れる。

 とんでもない事態になったと思う反面、言い知れぬ高揚が体を包んでいく。

 人の命が常に付き纏うから、相手がこちらを殺しにくるから、戦いはいつだって重かった。

 だが、自身の力の重さを知って倫理を弁える人間同士なら話は変わる。


 馬鹿げた決戦を実現する為には設定すべき条件は多い。


 認める相手にこんな戦いを挑まれて心が燃え立つのは変異者としての根源的な本能に他ならない。

 人の命を軽視もしていない、暴力が正当な手段であってはならない。それでも、初めて楓人は戦いに対して喜びを覚えていた。

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