第184話:失った家族


「いいのかよ、お前らから仕掛けるのは簡単じゃねーぞ」


 やはり、遠慮なく文句を言うと宣言していた柳太郎が最初に難色を示す。

 他の人間も必要な反論はしてくれるが、外部の立場から意見を述べられる新たな視点はコミュニティーにとってもプラスになる。

 リーダーの意見の全てが無条件で支持される議論は誰の得にもにならない。


「ああ、一対一なら勝率が高い俺と渡の一騎打ちに持ち込むのが一番楽だろ」


「・・・・・・フウくんにばっかり頼ってる気がするなぁ」


「そうでもないぞ、俺が出来るのは所詮は一対一でしかない。その状況に持ち込めてるのは皆のお陰なんだよ」


 現状では人数の少ないエンプレス・ロアは、楓人とアスタロトの能力の高さを活かした一対一が最大の勝ち筋だ。

 メンバーの多くは相手の人数が多ければゲリラ戦に近い形で足止めし、敵が少なければ真っ向から止めに行く。

 万が一、渡が一対一タイマンを断れば犠牲が多く出るだけでなく他のメンバーでも止め切れないかもしれないのだ。


 渡竜一を相手にすれば、楓人でも苦戦を強いられるかもしれない。


 上から順に強力な変異者を出しての団体戦になればエンプレス・ロアが有利な形式だろうが、遊びに近い試合形式など出来るはずがない。

 これは、そんなゲーム方式で決着がつく戦いではないのだから。



 そこまで議論が進んだ時、携帯のバイブが机と擦れる音が響く。



「あ、ごめん・・・・・・。少しだけ席を外してもいい?」


「早く出てこいよ、コーヒ淹れるからゆっくりでいいぞ」


 手元の携帯を気にしながら、燐花が申し訳なさそうに告げる。

 流し素麺の時にもあったが、同じ表情を見せた輪花は楓人の言葉に頷くと慌てて表に出ながら電話を取った。


「・・・・・・楓人、話聞いた方がいいんじゃねーの?お前、リーダーだろ」


「ああ、そうは思うけど・・・・・・家庭の問題だからな」


変異者おれたちの場合は特殊だろ。お前が聞かねーならオレが聞く」


 普段は他人との距離感を上手く調整する柳太郎がここまで強く言うならば、何かピンと来るものはあったのかもしれない。

 楓人もここは友人の忠言を聞き入れて、カフェの外へと出て行く。


 そこに、いきなり底冷えのする声が響いた。


「・・・・・・絶対、あたし帰らないから」


 穏やかな話でないことは燐花の携帯を握っていない方の手が堅く握られている様子からもすぐにわかる。

 声を掛けるわけにもいかず、楓人は燐花の背中を見つめるしかなかった。


「今更、親みたいな顔しないでよッ!!じゃ、切るから!!」


 抑え込んでいた怒りが爆発し、激昂した燐花は強引に通話を切ってしまう。

 そして、振り向いた先にいた楓人と目が合うと気まずそうな顔をした。

 彼女の事情はそれなりには知っているが、ここまで真っ向からぶつかる程の関係とは知らなかったのだ。


「盗み聞きみたいになって悪かったな」


「いいわよ、聞かれて困る話じゃないし」


「話したくないならいい。でも、話してくれるなら真面目に聞く。俺は頼りないかもしれないけど、リーダーなんだからな」


 お互いの事情に深くは踏み込まなかった二人だが、リーダーとメンバーとして信頼関係は築いてきたつもりだ。

 もしも燐花が解決できない悩みを抱えているのなら、柳太郎の言う通りに話を聞いてみるのがリーダーの務めではないか。


 変異者は家族に関する悩みを抱えることも多いのは解り切っていたのに。

 本当にこういう所が足りないのだと自分の配慮の無さに嫌気が差す。


「傷の舐め合いだっていいだろ、それですっきりするならさ」


「・・・・・・わかった、楓人には話す。余計な心配かけたくないし皆には、まだ内緒でお願いね」


「ああ、ちょっと待ってろ。何か飲みながらにしよう」


 カフェ内に戻って飲み物を取ろうとしたが、気が利く怜司が手早く二人分のインスタント紅茶を淹れてくれていた。

 いつも通りの配慮に感謝しながら、もう一度外に出ると店の中庭に置いてある木製ベンチへ二人して腰掛ける。


「飲みながら話そうぜ、皆も休憩してるから急がなくていいからな」


「・・・・・・ありがと。前にも少し話したけど、あたしって親との仲が最悪なのよ」


 揺れる紅茶の水面を眺めながら、燐花はぽつりと語り始める。

 彼女の母親は生きている、それでも何かを失った変異者が持ってしまった運命を彼女は言葉で紡ぐ。


 菱河燐花が変異者として覚醒したのは、六年前のこと。


 ある日、彼女は自分の体に起こった異変に気が付いた。


 今日は無性に走れそうな、どこまでも力が湧いてくるだろう全能感。

 それは慣れと共に徐々に収束したはものの、脳内には知るはずのない形と名が勝手に浮かんでくる。


 ―――ああ、私はこれを使えるんだ。


 当時の燐花はそう思ったが、周囲と自分が違うことにも気が付いて秘匿しようとしたのは賢い選択だっただろう。


 これを隠せば普通に見える、それだけで普通でいられる。


 そう思っていたのに、それは唐突に起きてしまった。


 彼女はただ、目の前の命を救っただけなのだ。

 目の前で交通事故に遭おうとした幼い子供を風で舞い上げ、本来なら確実に命がなかったはずの衝突事故から救った。

 幸いにも母親以外にその光景を目撃されることはなかったのだ。


 しかし、母親は娘が緑色の輝きを使役する様を見ていた。


「それから、あたしは腫物扱い。こんな力を持つ人間は不気味がられても仕方ないんだけど、家族にくらい期待してもいいじゃない」


 彼女は悪事を働かずに正しいことに力を使った。

 それにも関わらず、母親は実の娘の味方にはなってくれないばかりか冷酷にも距離を置こうとしたのだ。

 見かねて一人暮らしを提案したのは、燐花がエンプレス・ロアからの報酬が期待できるようになったからだ。


 最初の彼女の加入動機は解り易く、金銭面に不安を抱えていたからだった。

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