第179話:終戦に向けて


 変異者の耐久性があろうと二人の体に宿る力は人間のそれを遥かに超える。


 互いの拳は頬に叩き付けられ、胴を軋ませ、腹を突く。

 それでも変異者の高みにいる二人の肉体の頑強さは拳の威力よりも勝っており、見るに堪えない損傷を負うことはない。


「おい、お前は本気で変異者同士の殺し合いをゼロに出来ると思ってんのか?」


「今すぐにはいかない。ただ、もう少しで実現が見える所まで来たとは思ってるよ」


「そんな理想論はよ、オレ達が生まれる前からずっと否定されてんだよ」


 柳太郎の拳を右腕で払い、楓人の左の拳には骨にめり込む気持ちの悪い感覚が襲ってくる。


 それでも柳太郎は倒れずに、真っ直ぐで清々しさを感じる目線を楓人に向けていた。

 思うことを全て言い合える仲でいたいという願いが、こうして戦いの中で実現しているのが皮肉なものだ。

 そんなやり取りをしても、互いの思うことは今なら手に取るようにわかっている。


 大事な友人を、仲間を理不尽に失う世の中があってはならない。


 居場所を与えてくれた世界の為に戦おう、と思える程に楓人は欲しいと願ったものの多くを今までに貰ったのだ。

 異能を抱えたが故に葛藤を持ったままで生きる変異者が、それぞれの居場所を守り抜ける世界を願って何が悪いのか。


 自身も他人も幸福でいたいと願うことを誰が責められよう。


「俺達は世界の平和を実現するんじゃない、この蒼葉市だけだ。柳太郎、お前も変異者が争うのは間違ってると思ってるんだろうけど、一つ言わせてくれ」


「………?」


「これは俺達しか出来ないことだ。それでも、生まれた街一つ変える気持ちが持てないなら、それこそ何も変えられない」


 柳太郎は唇を噛み締めると、強く拳を握り締めた。

 この人の好い親友とて好きで強硬策を選択したわけではないだろう。

 深く悩み抜いて、普通の手段で解決しないと自分の中で結論が出てしまったから。


「柳太郎、お前・・・・・・もしかして大災害の時に何か見たのか?」


「空が赤くなって、人同士があちこちで争って。地獄みてーだったよ」


 吐き捨てるように告げる柳太郎の言葉から聞き捨てならない内容を拾う。

“人と人が争っていた”と柳太郎は言ったが、あの日に街をさ迷ったはずの楓人でもそんな光景は全く知らない。

 あの日に見た光景はただ街が燃え、変異者らしき影が見えただけだ。


「人と人が・・・・・・?」


「ああ、お前が見たのはそうじゃねーのかよ」


「俺は人が赤い空の下で死んでいくのを遠くから見ていた。俺とお前が見た事が違うなら・・・・・・元凶になった変異者は一人じゃない。多分、俺達が知っている以上に大災害は根が深いぞ」


「オレもそうだと思う。とんでもねーもんに首を突っ込んでるだろうな」


 もしかしたら楓人が知っている大災害は一部分でしかないのかもしれず、この街を取り巻く真実へと踏み込む行為だ。

 それを確かめるためにも柳太郎とはじっくり話し合う必要が出てきた。

 気を取り直すと、今は白銀の騎士との決着が先だと気持ちを再び奮い立たせる。


「さて、それは後でゆっくり話すとして・・・・・・今は決着と行こうか」


「おう、そこを決めねーと話し合うもクソもねーからな」


 再び拳を握り締めて、今は敵として柳太郎の前に立つ。


 お互いにこの一発で決着をつけることに異存はなく、力を振り絞る為にゆっくりと息を吸い込んだ。

 互いの想いはよくわかった、この戦いはここで終幕だ。



 ―――交差する拳は終焉を告げる鐘のように。



 楓人の拳は柳太郎の胸板を再び撃ち抜き、柳太郎の拳を楓人は胴で受けながらも地面が砕ける程に踏み締めて耐え抜いた。

 二人の差はわずかなものだが、黒の騎士は最後まで全てを力で捻じ伏せたのだ。

 踏み込んだ瓦礫の欠片が宙を舞い、同時に親友との無様な殴り合いは終わる。


 ただ無様に、真っすぐに殴り合う知性の欠片もない戦いの終焉は一瞬だ。


 後ろへと倒れ伏すと柳太郎は呼吸を整えて、自嘲を込めて呟く。



「お前だけには勝ちたかったんだけどよ。上手く、いかねえなぁ……」



 いつもの親友の声に戻ったのを聞きながら、終わりを察した楓人も力を抜いて固い地面に座り込む。

 周囲は不自然極まる大穴が開いたり、地面が割れたりと酷い有様なのでニュースも賑わうことだろう。


「俺も疲れたよ。随分と苦戦させやがって」


「お互い様だろ・・・・・・ったく。最低な日になっちまった」


 二人にとっては最低でもあり、最高の日でもある。

 親友同士で笑い合うと、この意地のぶつかり合いはあっさりと終了した。結果として二人の友情が失われなかっただけでも、まずは満足するとしよう。


 一番大切なものだけは、無事に守れることが出来たのだから。




 さて、事態が収束したはいいが大変なのは終戦処理である。




 どうやら念の為に備えていたものの、戦いは他にも起こっていたらしい。


「いやー、わたりんも急に絡んで来るし困った奴だよねぇ。あ、痛っ!!」


「変異者に絆創膏張ってやるのは初めてだよ・・・・・・」


 黒の騎士の姿に戻った楓人が唯の擦り傷に絆創膏を貼ってやっていた。

 どうせ変異者の回復力なら文字通りにツバを付けておけば治るのだが、何故か絆創膏を所望するという変わり者だった。


「・・・・・・つーか、わたりんって渡か?」


「うん、悪い人じゃないっぽいからプレゼントってことで」


 今度、密かに呼んでやろうと心に決めながらも、怜司の配置された場所への通り道である砂利道の中を進んでいく。

 さりげなく白銀の騎士が着いてきている理由は説明を終えていたので、唯もそれ以上は突っ込んでくることはなかった。


 そして、怜司がいるだろう場所もまた惨状が広がっていた。


 工事用の壁が立っているだけの戦場の地面は抉れて、その場で行われた戦闘の激しさを物語っていた。

 その中心には怜司と九重の姿があった。


「ああ、リーダー。ちょうど今、大人しくなったところです」


「・・・・・・私は猫かっての」


 大人しく具現器アバターも消しており、壁に寄りかかっていた九重は楓人の姿を見ると居住まいを正した。

 どうやら、本当に怜司が上手く宥めすかしたようだ。


「お前・・・・・・どんな手を使ったんだ?」


「少し遊んで差し上げただけですよ、私も久しぶりに良い運動になりました」


 参謀の清々しい笑顔が今は非常に恐ろしかった。

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