第178話:友情の拳

「オレが集めた中にはそんな情報はなかったぜ、それがお前の切り札か?」


「切り札ってほどじゃないが、お前には一番有効だと思ってるよ」


 フォルネウスの残る腕はあと一つ、この状態でも十分に勝利が狙える状況は作り出すことが出来た。

 白銀の騎士が腕を振るうと同時にフォルネウスも行動を開始する。


 今までと同じく先に白銀の糸が構築する悪魔の腕が楓人を襲う。


 もう腕が一つしかないのであれば、問題はないと握る拳をそのまま撃ち出す。

 この形状が意味するのは普段は周囲に纏わせている漆黒の風を拳を補助する形で一点に凝縮すること。

 拳という形状通りに今まで程のリーチはなく、完全開放フルバーストの影響がある今では一切の遠距離攻撃は封じられている。


 だが、一点に凝縮したアスタロトの破壊力は想像を絶する。


 正面から来ると分かっているのならば、黒き拳は唯一無二の突破力を誇る。

 右の拳はフォルネウスの巨大な拳を意に介さずに鈍い音と共には弾き返し、一時的に形状を崩させるほどの衝撃を残す。


 槍を振える状態に比べて戦い方は泥臭いもいい所だ。


 拳で攻撃を打ち払い、迫り来る糸を手で握り潰して愚直に前に進む。

 全身を襲う糸の塊を斬り払うことも出来ない、拳を絡めた近接戦闘にのみ全てを捧げた戦略も何もない猛進は伝説とは程遠い非合理的な姿だ。

 それでも、近寄ってさえしまえば制圧できるはずだ。


「悪いな、後でいくらでも謝ってやるよッ!!」


 握り固めた拳を、辛うじて回避しようとする柳太郎の右肩の装甲へと撃ち込んだ。


 近距離での身のこなしの速度は戻りかけている風が補正してくれた。

 その拳の速度たるや、振るうまでにわずかな隙がある槍を超える。


「ぐ・・・・・・があッ!!」


 肩装甲の一部が吹き飛び、亀裂が入る損傷を受けても白銀の騎士は倒れない。

 黒い腕を掴み、深紅の輝きを放つ水晶を瞳の如く輝かせて踏み留まった。


「これでも・・・・・・楓人、お前のことはスゲーと思ってんだぜ」


 意志を込めた力強い声に、親友としての想いを滲ませた柳太郎は声を絞り出す。

 その語りを邪魔する程に無粋ではなく、楓人は拳を一度は引いて柳太郎の言葉を待っていた。


「お前の家族がいなくなって・・・・・・学校行けなくなって、オレはそれでも友達でいようとした。でもよ・・・・・・オレも母親は目を覚まさねえ、他の家族も死んで、まだ楓人は友達だって思ってホッとしたよ。笑えるだろ?同じ境遇の奴がいるって、最低なこと考えて安心してたんだぜ?」


 今にも泣き出しそうな声で柳太郎は全てを語る。その声と語る内容を聴いて楓人も親友が何を隠していたのかを悟った。

 柳太郎が多くバイトを入れていたのも一人暮らしをしていたのも、家族が別の町に住んでいるからではなかった。

 大災害のせいで、本当は柳太郎もほぼ全てを失っていたから。


 恐らくは他の友人たちに弱さを見せたくなかったからだ。


「・・・・・・そうだったのか、気付いてやれなくて悪かったな」


「オレには・・・・・・どうしようもない奴らを潰して二度と大災害が起こらないようにするしか出来なかった。だから・・・・・・誰にでも優しく出来る強い楓人を尊敬した、お前と友達でいられる自分になりたかったさ。だけど、現実としてオレはお前とこうして戦ってる。上手く行かねえもんだ」


 柳太郎の漏らす本心には哀愁や自嘲や様々な色が浮かんでいる。

 辛かっただろう、楓人が柳太郎や椿希を支えにしていたように柳太郎自身も楓人が思う程に強い男ではなかった。

 楓人にはカンナがいたのに柳太郎は変異者という意味では独りだったのだ。


「俺も白銀の騎士がお前だって知って、同じことを思ったよ」


「上手くいかねえから、戦えば何とか出来るんじゃないかと思ったんだけどよ」


 恐らく柳太郎は白銀の騎士として歩んだ己を道を間違ってるとは思っていない。

 楓人の方が正道であることを知りつつも、正道だけでは争いを終わらないと信じて自らを都市伝説としてまで戦い続けた。

 どちらも間違いだとは思っていないからこそ上手くいかない。


 戦争が互いを正義とする所に発生しているように。


 それでも楓人は言葉を重ねた。


「俺はお前のことを親友だと思ってる。経緯はどうあれ、俺は柳太郎のお陰で今ここに立ってる。そっちが何を言おうとそれは変わらない」


「・・・・・・ははっ、お人好しだねぇ。最初のオレは同類のお前と友達を続けるって決めただけなんだぜ?こんな最低なオレが友達でいいのかよ」


「実際に俺が救われてるんだ。お前にだって文句は言わせない。それに同じ境遇の奴が集まって友達になるのは、そんなにおかしいことか?」


 柳太郎が繋がりを持ってくれた事には心から感謝している。

 それに最初のきっかけざ不純なものでも、柳太郎も親友だと思ってくれているのなら多少のことは気にもならない。

 動機はどうあれ、楓人を友人として選んだのは事実なのだから。


 そこまで分れば柳太郎の気持ちの話を聞くのはもう十分だった。


「俺は柳太郎とは正面からぶつかって言いたいことを言える仲でいたい。それ以外に俺とお前の間に何か理由がいるのかよ」


「・・・・・・ああ、オレもそれで十分だ。それが理想だと思うぜ」


「だったら・・・・・・来いよ!!男が解り合うには拳って相場が決まってんだろ!!」


 このままではお互いに収まりが付かない。

 勝負の行方をはっきりさせなければ、今まで通りの友人関係を続けていくことは出来ないと確信に近い予感がある。

 対等で主張が異なる二人だから、互いの全てをぶつけ合ってこそ納得できる。


「そうだな、オレ達には多分それしかねぇかもな」


 フォルネウスの腕が形状を解き、白銀の装甲へと絡み付いていく。

 今の楓人と同じように厚い白銀の装甲が絡み付いて腕の装甲を強化する。もう二人の間に絡め手は要らない、ただ真っ直ぐに殴り合うだけだ。


 白銀の拳がアスタロトの装甲を打ち抜き、黒の装甲が軋む。


 漆黒の装甲がフォルネウスの装甲を砕いて吹き飛ばす。


 やはり防御力ではアスタロトの方が何発分かは耐久性が上、自分でも馬鹿だと思う行動をそれでいいと内心で肯定する自分がいた。


“悪い、カンナ。装甲を解くから物陰に隠れててくれ”


“・・・・・・ そう言い出す気はしてたけどね。対等にってことだよね?”


“こんな戦い方は二度としないって約束する。でも、あいつだけは別なんだ”


 親友だからこそ、正面から決着をつける。

 これから先も対等な存在でい続けるためにも、非効率的なプライドを熱に変えて柳太郎の前に立ち塞がる。


 周囲に別の敵がいるのなら、とっくに手を出しているはず。


 怜司達がそれを見逃すはずがないと根拠の薄い信頼を通して、柳太郎の前に真島楓人として立つ。

 柳太郎にだけはカンナと二人で勝っても意味がない。


「へっ、お前のそういうトコ・・・・・・嫌いじゃねーぜ」


「ここまで来たら、アスタロトの性能が勝っても意味がないだろうが」


 柳太郎もそれに応じて装甲を解き、互いに握るは拳だけ。


 壮絶な殴り合いは互いを殺す為ではない、自分の気持ちを乗せる為の儀式。

 相手を傷つけたことは後で飽きるほどに謝罪をしよう。


 それでも、今だけは―――。

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