第177話:新たな形
フォルネウスの腕だけでも厄介なのに白銀の騎士本体と戦わなければならない。
腕が唸りを上げて地面を軽々と抉り取り、白銀の騎士との間にもう一つの腕が立ち塞がって侵攻を許さない。
攻撃も防御も全てを阻害できるフェルネウスは近接戦という概念を封殺してしまう、反則と言ってもいいレベルの戦法を実現する。
近付かれそうになれば腕を使った阻害と強襲、敵が怯んだと見れば視覚外からの攻撃が襲ってくるプレッシャーは尋常ではない。
実質的に常に二対一で戦っている以上のことをされているのだ。
一対一ではそうは負けない自信がある楓人もこんな戦法があるとは思っていなかったので、さすがに対応が遅れた。
白銀の騎士の範囲に入って、大きな傷を負っていないだけでも本来なら驚異的だろう。だが、それ故に少しずつ相手の姿が見え始めた。
本来ならば柳太郎は自分の距離に入った敵は既に仕留めているはずだったので、手の内を遠慮なく曝け出したのだ。この距離で生き残れる者などいない万全の攻めを行っていた。
それでも、傷を負いながら黒の騎士は立っている。
「やっと見えて来たな・・・・・・」
耐え続けた中で楓人は幾つかの攻撃手段を順番に試し続けていた。
槍で貫こうと試み、剣で斬り付け、如何なる攻撃手段が有効かどうかを戦いの中で分析し続けたのだ。
「何が見えて来たっつーんだよ!!」
柳太郎もフォルネウスの腕を叩き付けるが、風でわずかに軌道を逸らた隙にもう一つの腕を槍で真っ向から殴り付けて退ける。
そこで打つ手も親友の性格を考えればわかるようになってきた。
柳太郎ならば、必ず。
「直接、斬りかかってくる・・・・・・だろッ!!」
「ちっ・・・・・・!!」
腕の陰から出現した刃を槍を振るって打ち返す。
激しく散る火花の先には思わぬ反撃に遭って後退する白銀の装甲を纏った敵の姿が見える。
今しかない、白銀の陣形を崩すには自身の全てをぶつけるべきだ。
躊躇いを踏み越えた楓人は槍を握り直し、意識を右手にかかる重みへと向ける。
集結した風は周囲の瓦礫を巻き込み、槍の周囲には台風めいた風の塊が渦巻いていた。
容赦はするなと言われていた、この程度で柳太郎が潰れるはずがないと信じる。
きっと、ただの
フェルネウスの腕を一時的に崩壊させる程度の破壊力しか得られないだろうことは戦いの中で検証した通りだ。
足りないのなら、更なる力を。
だから・・・・・・槍の姿で全てを解き放つ。
「
その場に巻き起こった嵐は巨大な
猛禽類の嘴を思わせる渦は敵をただ貫くことのみに全てを捧げた、槍の最高戦力としては有るべき姿だと言えよう。
本能的に危機を察した柳太郎はフォルネウスを操り、風を纏った至高の刺突を巨大な掌で受け止めようとした。
計算通り、そうすると読んでいたからこそ柳太郎に全力の攻撃を当てずに済む。
楓人に直接の攻撃を仕掛けたとしても、今の状態では逆にその身を裂かれる可能性が高いと判断して防御を選択したのだろう。
その判断は正しい、間違いではない故に真っ向勝負に持ち込める確信があった。
搦め手を交えた土俵なら白銀の騎士は変異者の中でもトップクラスかもしれずとも正面から戦えば勝機は十分に見える。
相手を侮るのではなく、実際に思考錯誤した末の客観的な結論だ。
止めようとする白銀の腕、貫かんとする黒き風は正面から衝突した。
荒れ狂う嵐はまるで竜巻の中へと飛び込んだ様子を錯覚させる。
地面は亀裂を広げて崩壊の予兆を見せ、天井の一部も落下して来る。
コンクリートの壁など意にも介さずに貫通し、その先にあった木々まで破壊する影響力を及ぼす。
そして、その破壊力が一時の敵にもたらした結果は目の前にあった。
「お前、ホント容赦・・・・・・ねえな」
白銀の騎士は瓦礫をかき分けて身を起こす。
その右腕の装甲は半壊し、全身にも装甲が欠けた部分があるので本体も損傷したのが見るだけでもわかる。
突きの方向を調整した上にフェルネウスの腕が緩和してくれると確信していたが、危うい賭けだったのは間違いない。
それでも、フォルネウスの腕の片方は糸の塊となって原型を失っている。
残った片方も損傷を免れなかった程に槍の姿を取ったアスタロトが放った最強の一撃の破壊力は強烈だった。
これを紅月に放っていれば、あそこまで容易く防がれはしなかったと確信できる貫通力。まともに敵に放つのは躊躇われる。
しかし、そのわずかな躊躇いが決め切れなかった理由だ。
「それで・・・・・・どうすんだ。俺は確かに
楓人とて、あの一撃を放つにはノーリスクではない。
呼吸は上がっている上に漆黒の風も再度の集結には時間がかかる、謂わばクールタイムが存在するのだ。
わずかな時間でしかないとはいえ、目敏い柳太郎は見逃すまい。
それなら・・・・・・“今使える分だけを使えばいい”。
「変異者に向かって使うのは初めてだ。加減を間違えたら許してくれよな」
そうして、楓人は槍を放棄すると周囲の風を搔き集めて拳へと集結させる。
右肘から先を、棘が幾重にも伸びる重厚かつ禍々しい装甲が埋めていく。
これは今の状態でも十分に扱える唯一の形態かもしれない。
―――
それは黒の騎士が持つ、近接戦における一つの答えだった。
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