第176話:決闘の行方
二人とも敏捷性においては変異者内でも抜きん出ている。
そんな二人が交戦すれば自ずと、どんな内容の戦いになるかは絞られる。
力同士がぶつかり合う、並の変異者では着いては来れない高速戦闘。
唯が壁を蹴って宮中で切り返せば、渡も螺旋階段の落下防止柵を捻じ曲げながら蹴り飛ばす。
互いに空中での足場を探しながら、相手の攻撃を回避しつつ、中空から地上への強烈な奇襲を繰り返す。
氷の刃は上から下に切り落とし、突き、薙ぎ、跳ね上げる。
黄金の爪は刃を受け、弾き、空を裂き、掴み掛かり、抉り取る。
互いの間には火花が散り、壁を足場に狭い空間での助走代わりにした二人が起こした火花がもう一つ。
唯はその中で疑問を抱き始めていたが、それを確認している暇もない息も吐かせぬ戦闘は続く。
気を抜けば爪の一撃が待っており、頬を掠める爪先を眺める暇もなく唯は返す刃で渡の胴を払おうと試みる。
互いに相手を殺す意思はないが、手を抜いて勝てる相手でもないと短い交戦時間の中でも察する所だった。
―――天瀬唯は確信する。
“この男は少なくとも自分と同格の変異者だ”と。
―――同時に渡竜一も舌打ちした。
“ここまでの変異者が立ち塞がるのは想定外だ”と。
大気の悲鳴が響き、繰り返される剣と爪の応酬から解るように両者は実力伯仲。
敏捷性ではやや上回る唯と、力では相手を圧倒できる渡。
変異者としては至高に近い場所にまで到達した二人が繰り返すのは意地同士を賭けて生み出す刃の嵐だ。
唯は爪を回避しながらも微かな笑みを浮かべる。
人を殺さない為の戦い、殺す必要のない戦いには不思議な高揚感があった。
互いに相手を殺せる瞬間がやってきたとしても加減する実力も持っているが故に、規格外の意地の張り合いとして熱中していく。
空いた左手に銃型の
同時に渡の装甲も黄金の輝きを放ち、火種の活用による戦力増大を見せ始めた。
理由までは解らないが、戦いを始めた時から渡はセイレーンの刃を受けているにも関わらず
全く効果がなくもないが、完全に機能を停止させるには至らない。
唯が手にした左銃が弾丸をばら撒くも、渡は真横に弾かれたように移動を開始して弾丸の雨を容易に駆け抜ける。
このままでは埒が明かない、と考えたのは奇しくも両者が同時のようだった。
最後の牽制として幾つか銃弾を放った後で、唯は左手の銃の具現化を解くと深く腰を沈めた。
「一つ褒めといてやる、お前、中々の強さだったぜ」
「そっちもね。わたしとこんだけ
動きっぱなしだった二人の間にようやく静の瞬間が訪れ、互いに息を整えると交戦してから初めて言葉を交わす。
体力面でもやや唯が不利ではあるが為に銃弾で誤魔化す必要が出てきたように、唯は渡相手の相性は決して良くない。
彼女からしても、真っ向から一撃に全てを賭ける展開は願ったり叶ったりだ。
「この程度で間違って死ぬんじゃねえぞ」
渡が全身の力を抜いたのは、これから放つ一撃への準備段階だ。
互いに狙うは相手の
「そっちもね、わたりんのこと嫌いじゃないし」
「・・・・・・それは俺の事を言ってんのか?」
「正面からぶつかって解り合ったんだから、あだ名くらいあってもいいじゃん。そう思わない、わたりん?」
「お前が負けたら即刻、その呼び方を止めろ」
頬を引き攣らせながらも戦闘準備を整えた渡と唯の間に和やかな空気が漂ったのも一瞬、街灯と月灯りだけが照らす裏路地にはひりつくような戦意が満ちていた。
互いに放つは強大な一撃、それを以て決着とする。
唯が踏み込み、渡が疾走する。
交わるは変異者として見出した高みの形。
「・・・・・・
「・・・・・・
互いに振るうは単純明快、速度と威力に全てを捧げた祈り。
透明の刃と黄金の爪は拮抗し、反発し、強烈な輝きを放っていく。
かくして、路地裏の決闘は幕を閉じたのだった。
結果は、両者・・・・・・
決闘の落とし所としては丁度良い形だったのかもしれない。
―――そして、残るはもう一つの決闘。
膝を着いた漆黒の騎士は立ち上がり、目の前の敵を見据える。
「・・・・・・まだまだ!!」
“うん、こっから!!ばっちこい!!”
内心で意気を吐く彼女と共に何度でも立ち上がり、フォルネウスの力を纏う白銀の騎士と対峙する。
フォルネウスの腕が顕現してからは非常に面倒な戦況になっているが、ようやく能力の全容を把握しつつあった。
あの腕は主と独立して動くもう一つの両手のようなものだ。
同時に白銀の騎士が使用できる糸の量を増加させて、単純な戦闘力向上の効果まで与えている。
今までに何処からともなく生み出されていた銀糸の源は、フォルネウス本体である腕にあったのだろう。
近接戦をすれば楓人が優位なのは間違いないが、単純な手数さえも補完するフォルネウスの手は厄介極まりなかった。確かに今まで戦った中では紅月を除けば最強の変異者かもしれない。
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