第175話:二人の強者

「それは周りに何を話しても解ってくれる仲間がいるから、仲間を持っている人の理屈。持ってなかった私には黒の騎士さんの為に戦うしか道がなかったの!!私は・・・・・・必死で人の真似して、生きるしかできなかったから!!」


 絞り出す叫びめいた声を聴いた怜司は一瞬だけ目を閉じた。

 確かに言っていることは理路整然としているとは言い難いが、その孤独に対する切実な想いは怜司にも理解できた。

 周囲に人がいたとしても理解されるとは限らず、次第に変異者の力が自身を孤独にする経験は自身も過去に辿ったものだ。


「ですが、貴女には変異者の友人がいるのでは?」


「私がきっかけで力を与えちゃって、私が死ねば力も消えるって言ってもそのままでいられると思う?化け物にされたんだよ、私と一緒にいたせいで。それでも許せるの!?」


「それは残念ながら私には解りませんが、だからこそ貴女はハイドリーフにいるべいです。能力を隠して生きるコミュニティー、まさに貴女にとって最適の場所ではないですか?」


「無理だよ、戦わなきゃ私の居場所がなくなっちゃうから・・・・・・だからっ!!」


 戦うことでしか自分の必要性を認識できない人種は、増加する変異者の中では幾人も存在しているだろう。

 居場所を失えば求める先が戦場にしかない、と思い込むのは人知を超えた能力を持った人間が逃げ込む最後の地とも言える。

 誰かの為に戦っている自分を肯定することで居場所を得る、その逃げ場所は人間の弱さが作る仮初の居場所だ。


 戦うだけで最後には何も生み出さない、張りぼての城。


 城を築いた者はそれを守る為に必死で戦うしかない呪いめいたサイクル。


「・・・・・・もう一度だけ、機会を与えるとしましょうか」


 小さなため息と共に、哀れな少女を見据えると手にした小剣に力を込める。

 襲い来る偽物の漆黒の騎士を前に、怜司の手にした剣がノイズがかかったようにその姿を失っていく。

 例司の持つ絶対的な自信の理由がもう一つだけ存在した。


「―――ディアボロス、喰化グラン


 手にした紫色の小剣が禍々しいつたのようにうねる大剣に変化していく。


 これこそがディアボロスが持つ真の姿であり、怜司の真の力でもある。

 降る紫雨自体が大幅に強化されるわけではないが、変化するのは形状からわかる通りに単純な一撃の威力増大だ。


具現器アバターが、変わった・・・・・・?」


 毒なる雨で動きを止めた相手を確実に狩る破壊力、ディアボロスが単純な力を持つようになるだけで近接戦に持ち込んで倒す選択肢は消える。


 強固な耐性を持つ本家のアスタロトでもなければ、簡単には止まらない程に今のディアボロスは強力無比だ。

 例司の毒を集結させた刃は、変異者の力を減退させて並の防御は容易く貫通する不条理の塊と化す。


 今回は加減したとしても、それを受けた九重が立ち上がれるはずがなかった。


 だが、怜司の予測を彼女は精神論と唾棄されるであろう意地で上回った。


「・・・・・・まだ、まだ終わってない!!」


 うわ言のように呟きながらも九重は刃を振るい続ける。

 本物には及ばなくても、偽物の矜持があると誇示するかのように。


 例司はその姿に過去の自分を重ねて、またしても微かに目を細める。


 自分が戦おうと歪んだ決意をして、自分より強い存在に叩き折られて。

 眼が眩むほどに懐かしい思い出が胸にあるからこそ、怜司もついに彼女に対しては非情になれない自分を知った。


「全く・・・・・・変異者とは仕方のない人種ですね」



 小さな呟きはやがて、鳴り響く鋼の音にかき消されていくのだった。




 ―――同時に、知られざる決闘が街の片隅では行われていた。




 きっかけは立体駐車場に近付こうとした一つの影だった。


 黒髪に白銀のメッシュを入れた男は、変異者としての戦力図を変えるかもしれない戦いの匂いを獣の如く嗅ぎ取って戦場へと赴いていた。

 その獰猛な雰囲気とは裏腹に瞳には冷静な光が潜む様子が、渡竜一を初対面の人間が見た時に畏怖する理由でもあった。

 すぐに決闘に介入する理由はなくとも、渡はこの戦いは見届けるべきだと直感して、状況によっては介入も辞さない決意と共にここに来たのだ。



 だが、渡竜一が選んだルートはよりによって最も厄介な相手がいる道である。



「ごめんね、そっちは今通行禁止だよ」


 渡が抜けようとした裏道には、呑気とも言える人懐っこい声が響く。

 変異者としての狂気を感じないが、誰であろうと通さない絶対の自信がその無邪気な声の奥底から感じられた。


「禁止だろうが知るか。ブン殴られたくなきゃどいてろ、ガキ」


 相手が変異者であることはとっくに察していた渡だったが、軽く威嚇だけ行って横を大胆にも通り抜けようとした。

 彼とて手当たり次第に暴力を振るう野蛮人ではなく、軽い威嚇程度で逃げてくれるなら面倒なことにならなくて良い。


 しかし、今宵の相手は容易い相手ではなかった。


「失敬な、私は十七歳だってば。渡竜一だったよね、何をしに行くつもり?」


「俺を知ってんのか?どこのコミュニティーだ、お前」


「スカーレット・フォースだよ、改めてよろしくっ!!」


「じゃあ、お前もそこそこやるってわけだ。面白そうな戦いが始まってると聞いて観戦に来たまでだ。別に黒の騎士とここでやる気はねえよ」


「えっと、つまり白い方の邪魔はするってことだよね?」


「状況によっては邪魔するかもしれんが、それをお前に話す義務もねえだろ」


 それを聞いた唯は自身のギアを入れ替える為に深く呼吸を入れ替える。

 彼女にとってはエンプレス・ロアは肩入れしてるコミュニティーでもあり、今は正式な同盟相手なのだ。

 黒の騎士からは決闘を様させないで欲しいと懇願されているので、今だけは唯なりの協力を惜しむつもりはない。


 故に、彼女は初めて他のコミュニティーの為に戦うべき時を見出す。


「通ってもいいよ。もちろん力尽くで通れるなら、ね」


「・・・・・・不要な戦いは好きじゃねえんだがな。相手してやるよ、ガキ」


「だから、ガキじゃないってば!!」


 生成されるは青く透き通った剣、対するは黄金の装甲を持つ漆黒の爪。


 表面上は軽口を叩いたものの、相手の力量が並ではないことは構えからして渡は察して警戒を怠らなかった。

 互いに変異者の中ではトップクラスの実力者、まともに戦えば勝敗はどうなるかは第三者では予測も着かないだろう。

 そうして、二人は各々得物を握る手に力を込めた。

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