第174話:偽物VS参謀-Ⅱ

 今までの戦いで九重は自分が対怜司の相性が抜群だと確信した上で勝負に挑んでいるし、それは実際も間違いないと言えた。


 アスタロトは怜司にとって不利な相手である上に、本家には及ばないにしても白銀の騎士のフェルネウスで物理的な干渉をある程度は拒むことも出来る。

 九重が冷静な状態で戦えば怜司でも手を焼くのは明らかで、挑発によって心は乱したものの簡単に冷静さを失って突っ込んでくる愚者ではない。


 事実、鋭い目で怜司を睨んだ九重は敵の出方を伺う冷静さを保っていた。


 降り注ぐ紫の雨も不十分な漆黒の装甲さえも貫くには時間を要するだろう。

 だが、それでも怜司が余裕を持つのは自身の勝利を確信していたからだ。


 九重はついに意を決したように漆黒の装甲を纏ったままで駆ける。


 同じくそれを怜司は手にした刃渡りの短い刃で捌くが、それだけでは先程の焼き直しにかならない。

 打ち合い、息を乱し始めた男へ“この程度か”と言わんばかりに彼女は鼻を鳴らす。

 慢心と言えようか、ここまでに仕込まれた罠についに九重は気付かなかった。


「貴女が冷静だった故に私の勝ちなんですよ」


「何の話・・・・・・?」


 彼女の眼には振るわれる槍を辛うじて捌くようにしか見えていないだろう。

 わずかな隙に切り返した怜司の小剣も鎧に弾かれるだけで効果が見られないのも先程と同じだった。


 先程と同じだ、と思った瞬間が罠の機能する時間だったのだ。


「・・・・・・ッ、なに・・・・・・これっ」


 九重はガクンと何かに抑え付けられたように全身のバランスを崩しかける。

 今は亡き烏間と怜司の能力は同じ毒に似たものという点では共通点こそあるが、その能力上では大きな差異がある。

 烏間はあくまでも肉体への強力な作用を与えて相手を死に至らしめる猛毒で、

 怜司の能力は変異者の能力や身体機能を大幅に低下させることだ。

 つまり、言い換えるなら殺傷能力か妨害能力かの違いである。


「そうでしょう、私の具現器アバターに直接触れたのですから。力をひけらかすのはあまり好きではありませんが、貴女相手ならば話は別です。貴女には偽物の力がいかに脆いか……を教えて差し上げようかと思いましてね」


「何を……した、のッ!!」


 体を襲う重みに耐えながらも九重は気丈に声を上げる。

 理解できないだろう、今までは無力化できていた力がなぜ突然に影響を及ぼし始めているのか。

 そのカラクリは怜司が仕掛けていた巧妙な罠によるものだ。


「貴女は私の具現器アバター、その刃を装甲の腕で受けた。それが間違いの始まりだったんですよ」


「まさか……」


 九重が見た先には怜司の力に浸食されて装甲のほんの一部が形状を失いかけている光景がある。

 それでも、現実を受け入れたとしても納得のいかないことがあった。


「でも、それなら最初のはどうして!!」


「私は白銀の騎士の力で、攻撃を無力化されないように立ち回ってきました。苦労はしましたが、私には不完全な装甲すら貫けないと貴女に確信させる為にね」


 怜司が最初から狙っていたのは刃による一撃を九重に入れて、内側から浸食を進めることだった。

 だが、白銀の騎士の能力で刃そのものを拒まれれば作戦は破綻する。

 そこで九重と打ち合いながらも常に布石を打ち続けた。


 まずは紫色の雨が通じないことで、九重自身が妄信する黒の騎士から複製した装甲への信頼度を更に高めること。


 装甲があればこの男には負けない、と依存をさせること。

 その為に怜司はあえて一撃を入れられる場面で大袈裟に躊躇って見せたり、装甲を刃で掠めてみたりした末に“直接攻撃は九重には通じない”とインプットさせた。

 同時にあえて守りを主体とした戦い方をすることで、九重が攻め一辺倒になって隙を大きく作るように誘導した。

 槍以外の形態がないと確信して間合いを保てれば、その程度の誘導は容易い。


 全ては黒の騎士の力を理解していなかった故、自身が他者の力を完全にものにしていない事実への認識が不足していたが故だ。


 つまりは、怜司が告げた偽物の脆さに他ならない。


「最初からそこまで考えてたって、言うの?」


「内側から装甲を破れれば、もう外からの干渉も容易い。貴女の失敗は一つ。他者の幻想を纏うに留まり、深くを追求しなかったことです」


「追求・・・・・・?」


「貴女は黒の騎士の理想に憧れているだけの子供に過ぎない。自分の都合の良いように解釈し、深く考えずに自分の望むように理想を捻じ曲げる。果たして、本当に我らがリーダーが、白銀の騎士を殺すことを望んだでしょうか?ハイドリーフの戦闘的な支援を望んだでしょうか?」


 怜司は黒の騎士の意志に従って、九重を殺すことなく解決する道を選んだ。


 彼女は精神的には子供に等しく、誰かを妄信することで自分が進む道を見出している弱き者であると言えよう。

 ただ、それを怜司が責める権利はないと自分でも思う。

 他者を信じることで生きるのは誰しも経験することであり、現代でもルールや政治や自分より立場が上の人間を無意識に信じることで生きる人間は多い。

 現に怜司も黒の騎士を信じることで本当の意味での人生を始めることができた。


 彼女が自分自身をコントロールできない子供だからこそ、彼はあえて“少し遊んであげましょう”と言い放ったのだ。


 実際に九重と接した怜司はそこに説得できる余地を見出したのだ。


「・・・・・・黒の騎士さんは優しいから、出来ないこともあるから。それを察して動くのが本当の仲間じゃないの!?」


「少なくとも、自分の為に他人の意見も聞かずに暴走する貴女に、仲間を語る資格はありません。時に対立したとしても、最終的には互いを支え合うのが仲間というものです。何の意見の相違もなく、何の話し合いもなく、支え合いのない誰か一人に都合の良いだけのものを私は仲間とは呼びたくありませんね」


 それを教えてくれたのはエンプレス・ロアの仲間だ。

 黒の騎士が絶対的な支柱であるとはいえ、反対意見はむしろ積極的に述べてくれとリーダー自身がメンバーには何度も言っていることだ。

 誰しも完璧ではないと全員が考えるからこそ、意見のぶつかり合いがあっても理想は最後には一つに集結する。


 独りよがりの暴走を友情とも親愛とも呼ばない。

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