第170話:隠された力


 戦うと決まれば後日に引き延ばす意味もない。


 時間と場所を詳細に設定すると柳太郎は一度は帰って行ったが、黒の騎士の正体を他人に漏らすかもしれないとは楓人も考えていなかった。

 そこまで柳太郎を信じられなくなったら、日常を守る為に戦っている意味がなくなってしまう。


 その後、楓人は以前に白銀の騎士と戦った、建設が停滞している立体駐車場へと向かっていた。


 あそこは前回はレギオン・レイドの恵との戦いで破壊されかけたものの、修復は思ったので大きな騒ぎにはならなかった。

 だが、確認した所は予定よりは工期が延びてしまっており、封鎖された状態で今に至ってるそうだ。


 柳太郎は午後八時にそこへ来る約束をしている。


 周囲が暗くなる中で周囲の街灯と月灯りが場を戦場となる場所を照らす。

 少し早くその場所に立つとカンナが話しかけて来る。


“本当にやるんだよね?”


“ああ、相手が俺だからって止められる程度の覚悟じゃないってことだろ。それでも、お互いが人間としては信頼してる相手だったおかげで交渉の余地ができた”


 互いの正体が明らかになったことで、相手と直接戦って最後の決着をつけるという道が生まれたのだ。

 貫き通す覚悟があるのなら互いに示すべきだと柳太郎は主張しており、その意見には楓人も全く同感だった。


 相手を殺さずに制する、その覚悟をここで示すことが出来ないで柳太郎が納得するはずもなかった。


「・・・・・・ようやく来たか」


 肌を撫でる風と共に白銀の騎士はビルの駐車場へと降り立った。

 こうして過去にも何度か対峙してはいたが、相手の正体がわかってしまうと何だか奇妙な感覚だ。

 漆黒の風と共に黒の騎士は踏み出し、白銀の騎士もまた歩み寄る。


「やっぱりお前は黒の騎士相手でも逃げなかったな」


「当たり前だ、ここで逃げる程落ちぶれてねーって」


「リアル割れを防ぎたかったんだろうけど、前の口調は止めたのか?」


「あー、お前にだけは普段通りいくよ。今更、取り繕っても遅せーだろ」


 今までは白銀の騎士の正体を万に一つも悟られないように口調を変えていたのだろうが、今では普段通りの柳太郎のものだ。

 今は真島楓人と仁崎柳太郎の戦いであることを互いに望んでいる。

 全力で戦って勝った方が正義、そんな子供の喧嘩染みた解り易い構図だ。


「ルールはなし、真っ向勝負。さあ、始めようぜ」


「ああ、行くぜ―――アスタロトッ!!」


 そして、漆黒と白銀の輝きは激突を開始する。


 先に攻勢を仕掛けるのはその近接戦を得意とする性質上、楓人の方からになった。

 選んだ武装は槍、先端が抉る軌道は柳太郎の持つ糸で構築した刃を難なく弾く。

 同じ変異者が構築した具現器アバター同士だが、その練度と理解度では黒の騎士に及ぶ者はそうはいない。


 抉り、薙ぎ払い、柄で崩し、先端で殴り伏せる連撃は楓人の身体能力から繰り出されれば攻勢そのものが嵐と表現していい。


 敵は強敵で容赦は不要と知ってるからこそ、黒の騎士は傷付けることを恐れずに最大戦力をここで発揮することができる。

 楓人の土俵である近接戦闘でさえも柳太郎はしばし喰らい付いて見せたが、この領域では勝てないと察したのだろう。


 刃を突き入れようとする挙動を見せて怯ませ、逆に後退を試みる。


「逃がす、かよ・・・・・・!!」


 選択した形態名を呟くと鎖状に変化したアスタロトで変則的な攻撃を仕掛け、白銀の騎士を拘束しにかかる。

 予測の範囲外だった拘束武装を前に柳太郎は逃れる術を持たない。

 これが敵を無力化する為には最も効率的な方法であり、ここで戦いが終わるようであれば苦労はしない。



 故に、互いに鋭い読みを働かせた。



 柳太郎は恐らく以前と同じく糸の結界でアスタロトを風に戻すしか明確な回避方法はないだろう。

 それならば、先にこちらから手を打つまでだ。


出力解放バースト・・・・・・ッ!!」


 鎖の形を取るアスタロトを結界が張られるより前に開放する。

 白銀の装甲の一部には既に黒き鎖が絡みついているので、今なら出力解放バーストを発動できると先手を打つ。


 解放されたアスタロトは鎖が絡み付いた場所から、漆黒の風を直接展開・侵食して極度の負荷を与える。


「くッ、何だ、こりゃッ!!」


 柳太郎の全身が徐々に負荷に耐えられずに地面へと崩れ落ちていく。

 これを烏間の時に使用できなかったのは、毒対策で周囲に風を飛ばしていたせいで普段の効果が期待できなかったからだ。

 しかし、柳太郎の能力で毒はないと知っているが故に今回は攻撃に全力を傾けることができる。


 楓人も前回の戦いで何も学ばなかったわけではない。


 白銀の騎士の障壁も万能ではなく、糸の結界を展開し切る前にわずかな隙があることを楓人は前回の戦いで学習していた。

 その結果として勝負は着いたように見えるが、これで呆気なく戦いを終わらせる為に最初から切り札を見せたわけではない。


 相手が柳太郎だと判明してから、確信に近い予感が楓人の中には芽生えていた。


「今のが全力ならこれで終わりだ。だが、お前に限ってそんなはずないよな?」


 過去に見せた白銀の騎士の戦法は知り尽くしており、地力で勝る土台がある楓人なら勝てるとは考えていた。

 しかし、この見かけによらず慎重な男が何の切り札もなく真っ向勝負を挑んでくるとは到底思えない。


「出せよ、切り札。これで終わりなんて俺は認めないぞ」


「そういや、本気でやるって約束してたな」


 締め付ける鎖に動きを封じられながらも白銀の騎士は右手を伸ばし、何かを求めるように虚空を握り締めた。

 このままでは及ばないと察しただろう柳太郎は、それでも嬉しそうな響きさえも微かに見える声で告げた。


「楓人、お前・・・・・・強えーな。仕方ねえ、オレもそろそろ本気でやらせて貰うわ」


「ああ、そうしてくれ。これじゃ、お前の方も納得いかないだろ」


 そして、柳太郎は自身の具現器アバターに向かってその名を告げる。


「―――断ち切れ、フォルネウス」


 対峙する楓人は咄嗟に全力で身構える。

 準備を怠れば一瞬で潰されかねないと全神経が警鐘を鳴らしていた。

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