第169話:真っ向勝負
「オーケー、降参だ。お前の言ってる通りだって認めるよ」
苦笑すると軽く両手を挙げて見せる柳太郎。
怜司も何があっても対応できるように意識を二人に向けるが、楓人は変わらずに柳太郎の背後にある椅子に腰掛ける。
この友人はここまで来て逃げるような小さい人間ではないと長年の付き合いから確信するに至っていた。
「確信とはいかねーが、楓人の正体も薄々とは気づいてたけど本人とはねえ。お前が黒の騎士なんだろ?」
「・・・・・・ああ、そうだ」
話がここまで進めば、隠した所で柳太郎は黒の騎士の正体を確信するだろう。
それならば柳太郎とは嘘のない友人同士の関係を望む姿勢を見せておいた方が話し合いの場には持ち込みやすい。
「何でオレだと思った?お前は傷の場所が同じってだけでここまでやる奴じゃねーよな」
「きっかけは完全に傷の位置だよ。一応は疑ってみたら条件が当て嵌まる内の一人だったって話だ」
「条件・・・・・・?」
怪訝そうな顔をする柳太郎に一つ頷いてみせる。
一人で至った結論ではないので得意げに披露するのも躊躇われるが、ここはコミュニティー代表としても友人としても楓人が柳太郎を納得させるべきだ。
「最初に柳太郎は知っているだろうが学校で戦った変異者の話だ。あの噂を広めたのは柳太郎だろ?」
「おう、正解。陽菜にそれとなく頼んだらあっという間だった。これじゃ内側に関係者がいるってバレても仕方ねーか」
ため息と共に頭を掻く柳太郎は普段と何も変わらないように見える。
情報通の陽菜には確認は事前にしてあり、柳太郎から大鎌で首を狩られるという話を聞いたことも言質が取れた。
加えて、その日の晩に楓人達が学校に来るのを察知できたのは都研で扱った内容を知っている者に限られる。
柳太郎は楓人がエンプレス・ロアに関わっていることは疑っており、黒の騎士を必ず連れて来ると読んで大鎌の変異者に襲来を伝えたのだ。
「そういうことだ。もう一つは柳太郎の言動だな。お前・・・・・・鋼の狼を操っていた変異者が最初に事件を起こした時に俺に教えてくれたよな?」
朝の教室内に漂っていた妙な空気を楓人が察した時に柳太郎は言った。
“腹を食われたような傷跡があった”とはっきりと教えてくれたのだ。
確かに世間では猟奇事件として報道がされていたが、先日に光が言っていた内容を思い出してもう一度ニュースを調べ直した。
そこまで詳細に報道されたものはなく、精々が腹に傷を負って殺害された程度だ。
確かに腹を斬られたにしては猟奇事件と言われるには弱い気もするが、現場を見ていなければ腹を食われたなんて言葉は出ない。
仮に偶然目撃しただけにしては平然としているのはおかしい。
傷を受けたタイミングと場所、限られた者しか持たない情報と来れば怪しい者は柳太郎ということになってくるのだ。
「・・・・・・そりゃ確かに疑われるわ。失敗したな、お前が変異者かもって思ったのは余計な発言しちまった後の部活で大鎌の話を持ってきた時だったからよ」
「俺も疑いたくはなかったけど、ここまで材料が出てきて放置するわけにもいかなかったんだ」
「別にいいって。オレもお前の立場だったらそうする。さて、それでこれからどうするよ?」
柳太郎が投げかけてきた質問は軽々しく答えられるものでもない。
白銀の騎士は前から敵ではないと考えていたが、こうして正体を互いに知ってしまったなら話は別だ。
だが、楓人の中では結論は既に定まっている。
「お前ってわかった以上はオレもそう簡単に戦う気にもなれねーよ。ただ、黒の騎士の味方になるかは話が別だ」
「ああ、それは理解してるつもりだ。そう都合よく行くとは思ってない」
「オレを少なくとも協力関係にしたいんだったな?相手がお前なら少しは譲歩してやってもいい。もちろん、タダとはいかねーけどな」
柳太郎が珍しく回りくどい言い方をするのは動揺を悟られないようにする為かもしれないが、何を言いたいのかはよく伝わってきた。
もしも白銀の騎士の正体が楓人の知る相手なら、説得できるかもしれないと考えたのは間違いではなかった。
柳太郎がこちらに従う条件は単純明快だった。
「つまり、俺とお前で戦うってことか」
互いに一対一で戦っても相手を殺しはしないと察している。
しかし、そんな打算を基に柳太郎は勝負を持ち掛けてきたのではないはずだ。
相手を殺す殺さないじゃない、譲れないものがあるのなら見せてみろと白銀の騎士の力を持つ親友は言っているのだ。
これこそが楓人が狙っていた、全てを丸く収める為のたった一つの手段。
「男同士の主張がぶつかったらガチンコ勝負って相場が決まってんだろ」
「ああ、そうかもな。もちろん柳太郎から逃げるつもりはない」
「最初に言っておくぜ・・・・・・全力で来い。殺し合いなんてくだらんものじゃない。オレとお前の勝負だ。オレが傷付くかもとか考えて手加減したら、お前でもブン殴るからな」
柳太郎が動揺はしたものの取り繕うことが出来たのは、こうなることを瞬時に思い描いたからだろう。
今まで変異者として敵をどうするかに腐心していたが、これは単純な殴り合いに過ぎない。暴力に抵抗はあっても互いに解り合う為に選んだ、あまりに稚拙な二人の結論。
「そういや、柳太郎とまともに何かで勝負するのは久しぶりかもな。怜司、それ以外は頼めるか?」
「露払いは我々で、ということですね」
「ああ、九重が俺に手を貸そうとして余計な手出しをしてくるだろ」
黒の騎士が戦っていると知れば、一週間の制限が解かれたと自己判断して駆けつけるであろう困った支持者の相手は怜司達に頼む。
他のコミュニティーの介入を防ぐ為にも今回は城崎と唯にも力を貸して貰うことも検討しよう。
この親友との勝負だけは誰にも邪魔させたくはなかった。
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