第171話:フォルネウス


 黒き鎖の形をしたアスタロトが弾け飛んで黒き風に戻される。


 それは一時的にしろ白銀の騎士の具現器アバターであるフォルネウスが支配力でアスタロトを上回った証明でもあった。

 そして、その場に起こった異変はそれだけではない。


「お前でもオレには勝てねえよ、黒の騎士」


 それは翼のように、あるいは悪魔の腕のように主に付き従う。

 白銀の騎士の背には糸が具現化した掌を思わせる具現器が新たに浮かんでいた。

 爪を立てる悪魔の掌のごとき翼は見る者に強大な威圧感と恐怖に近い感情さえ与えかねないものだ。


 その威圧感はあの紅月柊にすら迫る完成度を感じさせる。


「やってみないと解んないだろ」


「わかるさ、オレは今までお前の力は十分に見て来た。今のお前になら勝てるって断言できんだよ。オレを舐めてるお前にならなッ!!」


「別に、舐めてるつもりはねーよ!!」


 最も自分の力を発揮できる黒槍を握り締め、槍を自身の最高速力で振るう。

 一撃の速度も威力も近接戦においては全てが楓人の方が上である自信はあったが、それはあくまでも今までの戦いでの結果を基に判断しただけのこと。

 自分が相手より得意な点を見つけ出して戦うのは奢りでも何でもなく、単純に戦術や作戦と呼ばれるものだ。


「・・・・・・それが舐めてるつーんだよ」


 舌打ちと共に柳太郎が溢した瞬間、凄まじい速度で背に浮かんでいた白銀の悪魔の手が楓人に向けて掴みかかってくる。

 槍を叩き付けて辛うじて弾き返そうとするも、防御を取った瞬間に楓人は自らの過ちを悟った。


 予想を超えて攻撃が遥かに重い、と感じた時には目の前が揺れる程の衝撃と共に後方へと弾き飛ばされる。


 あの腕の攻撃をまともに受ければいかにアスタロトの防御力を以てしても危険だ。

 何とか二つの腕を潜り抜けて白銀の騎士を倒す方策を何とか考えようと思考を巡らせながらも後退して距離を取る。


 だが、そこに飛来したのは白銀の糸の塊だ。


 体の自由を一時的にでも封じて腕で止めを刺そうとしてきているのか、一瞬でも気を抜けば拘束されるだろう。

 しかし、黒の騎士の積んだ経験値はそれさえも容易くすり抜ける。

 槍の先端を地面に突き刺せした上で支点にして宙を飛び、風で全身をコントロールして糸の檻を駆け抜けていく。

 確かに真の力を解放されたフォルネウスは脅威だが、この程度では勝利は揺るがないと真っ直ぐに槍を構えて突っ込んだ。


 糸を解放したことで背後に浮かぶ悪魔の腕の威力も低下しているはずだ。


 あの腕は糸を放っている源になる具現器アバターの一部。

 今、ここで柳太郎と近接戦に持ち込めば勝利は揺るぎないはずだ。


「まあ、そう来るよな。オレの知ってる楓人おまえならよ」


「なっ・・・・・・!?」


 思考を裂いたわずかな隙に糸で構築された腕は真上から叩き落されていた。

 先程よりも格段に速い悪魔の腕の強襲を成功させるために速度を偽装していたのだと刹那の間に悟るも回避は間に合わない。

 腕の一撃はアスタロトの装甲をまともに捉えて地面に叩き落して亀裂を入れる。


「がっ、は・・・・・・ッ!!」


 内部にまで伝わる衝撃に一瞬だけ呼吸が止まりかけた隙に、糸の腕が楓人の全身を地面に縫い付けた。

 攻撃を防いだだけでなく動きまで止められたのは楓人も数える程しかない。

 増してや、これだけ真っ向から黒の騎士の力に対抗してきたのは紅月と合わせれば二人目だった。


 恐らくアスタロトの背中の装甲にはわずかな亀裂が入ってしまった。


 表面上の修復は出来るが、すぐに強度が元に戻ることはない。

 実質的にアスタロトの装甲の防御力が低下してしまった事実は更に楓人を不利へと追い込むのは確実だった。

 それよりも腕にねじ伏せられている現状が既に危機と言えるものだ。


「言っただろ、今のお前じゃオレには勝てねーんだよ」


「今の、ってのは・・・・・・どういう意味だ?」


「いつも通りにやってりゃ負けねえって思ってんのが見え見えなんだよ。あー、確かにお前は大したもんだ。でもな、今のオレは黒の騎士と同格以上の変異者なんだよ。それに黒の騎士の戦いも、お前の性格も熟知してるオレと普通にやって勝てるわけねーだろが」


 本音をぶつけてくる柳太郎を前に身を起こそうと試みながら、楓人は自らの認識を改めた。

 確かに今の柳太郎とまともにやっても勝てると断言できないレベルの相手で、敗北の可能性が十二分にある男なのは認識していたつもりだった。


 白銀の騎士は楓人が考えていたよりもずっと強い。


 その認識の差がより強く結果に出て、装甲に傷が付きつつ動きまで封じられる体たらくを見せつけた。

 いつの間にかカンナと築き上げた力に慢心していた自分がいたことを認めざるを得ない。


 ああ、やはり柳太郎の率直な発言には気付かされることが多い。


 黒の騎士は最強の都市伝説であり続けなければならないが、こうして真っ向から戦っても敗北が有り得る人間もいるのだ。

 何より、この程度で覚悟を認めさせるには到底至らない。


 ―――親友に見限られる程度の男にはなりたくない。


 認めよう、柳太郎の言う通りだ。

 余裕なんか、かなぐり捨てて全身全霊で挑まなければ白銀の騎士には勝てない。

 この男はそれだけの敵だと本能も現実も同時に告げて来る。


「・・・・・・認めさせるって約束したからな、そうだよな?」


“うん。認めてもらう為に頑張るって私も約束したから”


 内側から聞こえる力強い声を聴いて自然と笑みが零れる。

 最高の相棒に恵まれて、最高のチームに恵まれて、好敵手にまで恵まれておいてこの程度で膝を着くことは許されない。

 黒の騎士は全てを背負うからこそ、人々の願いは折れないのだと証明しなければならない。この程度で、漆黒の希望はまだ潰えない。

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