第161話:加入秘話

「まあ、お前はそう言ってくれると思ってたよ」


 柳太郎がそうだったように、時に意見が合わないことはあっても友情を裏切るようなことは楓人もして来なかったつもりだ。

 だから、柳太郎が信頼を言葉に滲ませてくれたのは心の底から嬉しかった。


「ただ、やばいことに巻き込まれてえるとかじゃ本当にねーんだって。こん腕だってガラス割った時に切っちまっただけだしな」


「・・・・・・本当に何もないんだろうな?」


 おどけたように肩を竦めた柳太郎はいつも通りに笑っているように見えた。

 だが、その中に楓人はわずかな嘘の匂いを感じ取った。

 この親友は無意味に嘘を吐くような人間でも他人を傷付けようとする人間でもないと断言できる。

 ガラスで腕を切るようなドジを踏む男ではないし、状況を考えても腕を切ることはほとんどない。


「何もねーよ。悪かったな、椿希にも心配かけたか?」


「転んだとかそんな理由だったら伝える必要もないし、まだ言ってないぞ」


「あいつには黙っといてくれよな。余計な心配かけたくねーし」


 言葉に滲む感情を読み取って、柳太郎がそういう人間なのだと改めて認識する。

 時に自分の身に何かあろうとも、非常事態になれば他人を巻き込まない為には自分の感情や痛みさえも押し殺す。

 楓人は柳太郎が傷を負った理由を隠したことで変異者が絡むことを確信した。


 そうなれば、黒の騎士が取る手は一つしかない。


 柳太郎を何か得体の知れないものが苦しめているのなら、都市伝説だろうと何だろうと狩るだけだ。

 そう決意した時に、タイミングを見計らったように再び携帯が鳴る。

 普段はコミュニティー用にもう一つ携帯を持っているのだが、学校にいる間の怜司からの緊急性の高い連絡はこちらにさせていた。


“無事に運び出しは完了しました”


 準備していた物はどうやら上手く手に入れたようだ。

 何かに使えるだろうと踏んでいたが、早めに手に入れておくに越したことはない。



 結局、柳太郎はそれからもいつも通りに過ごす。



 特に暗い表情を見せることもなく、傷の影響もさほど感じさせないままでクラスメートとも接していた。

 しかし、ふとした時に右腕に目線を走らせて表情を歪めている様子を一度だけ見てしまっていた。


「あいつ、我慢強いつーか根性ある奴なんだよ」


 放課後、蒼葉大学にカンナと燐花を連れて向かう途中に楓人は小声で柳太郎のケガのことを二人に話す。

 変異者が絡んでいるかもしれず、この機会に共有するべきだと思ったのだ。


「確かに・・・・・・。意外と自分が辛いとか言わなさそうよね」


「仁崎くん、とってもいい人だもんね」


「大災害の時も大変だったのに俺のことを気にかけてくれてさ。今でもあいつには本当に感謝してるんだよ」


 だが、その後に何を言いたいかは二人とも察している様子だった。

 今回の柳太郎の件を普通ではないと感じた最後の決め手は、誰にも見えていないだろうと踏んだ瞬間に柳太郎が見せた苦悶の表情にある。


「柳太郎があれだけ痛がるってことはかなり深い傷なのは間違いないだろ」


「そんな傷、ガラス程度じゃ簡単に付かないわよね。この街にはそれよりも考えられる原因が山ほどあるんだし」


「じゃあ、念の為に誰かに護衛をお願いした方がいいよね?」


「柳太郎には彗に見張らせておいた。あいつなら上手くやってくれるはずだ」


 偽物の黒の騎士が関わっているとしたら、これから行く蒼葉大学で手がかりを得られるかもしれない。

 柳太郎の件は今日にでも何かが起こると確定してはおらず、指示は完璧にこなす彗に頼んでおけば対応できるだろう。


「こう言っちゃなんだけど、楓人もやけに彗のこと信頼してるわよね。あたしもいい奴だと思うんだけど、昔に何かあったわけ?」


 蒼葉大学の最寄り駅で降りながら燐花はパスケースを指で弾きながら聞く。


「最初は“アンタが本物なら部下になってやってもいいっすよ”って喧嘩売りに来たんだよ。時期的に燐花は知らないだろうけどな」


「あー、懐かしいかも。かなり前だよねぇ」


 カンナは過去を追憶するように中空に視線を浮かせる。

 今までにコミュニティーに関する中で、楓人と戦った相手でカンナが知らない人物はほとんどいないと言える。

 怜司の時も彗の時も、いつだって彼女は傍にいたことを改めて実感した。


「・・・・・・それで、そのまま部下にしちゃったわけ?」


「入って貰う仲間ならいらないって言って断った」


 人数が喉から手が出るほど欲しかった当時ではあるが、無理に入って貰う必要はどこにもなかった。

 それにこれからのチームの中核を担う予定だった初期メンバーには、理念に強い共感を持つメンバーを集めたかったのだ。


「何気に言うときは言うわよね、楓人って」


「あいつもそれなりにエンプレス・ロア・・・・・・当時はまだ三人だったけど、理念を買ってくれてたみたいなんだよ。ただ、ナメられると面倒だって威嚇してきたって後から聞いたよ」


「・・・・・・何がしたかったのよ、あいつ」


「信じられる仲間の下で自分に出来ることを探したかったみたいだ。変異者になった自分の今後を迷ってたらしいからな」


 彗は怜司のように自分で犯罪者を裁いたりはしなかった。

 ただし、身体能力を強制的に引き上げる彗の変異者としての高い能力は弊害も多く、生きていく希望も失われかけていたのだ。

 楓人はカンナの受け売りを交えながら、力の制御方法を教えたのも懐かしい。


 その上で、新入りにも関わらず彗にはこれから増えるコミュニティーメンバーの統括を任せることにした。


 どうやら明確な役割と力の制御を得た彗は、今でもそのことに深く感謝してくれているようだった。

 彗は烏間とは違って、他人を殺さないやり方で自分自身の居場所を探し続けた強い男なのだ。


「入る前には一戦交えたけどな。さて、待ち合わせ場所はここだ」


 公園に辿り着いたので過去の話は切り上げる。

 別に結果的に風人に軍配が上がったことをわざわざ誇示する意味もない。


 待ち合わせ場所として定番となりつつある場所では、事前に連絡をしておいた唯が待っていた。


「・・・・・・久しぶり、燐花だったよね?」


「・・・・・・ええ、そうね。お久しぶり、唯」


 この二人は人形を操っていた西形と一戦交えたショッピングモールで盛大に口論をしてからというものの、あまり仲が良くない。

 今も友好的な様子は保っているが、穏やかさを張り付けた笑顔は妙な威圧感を振り撒いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る