第160話:傷と親友

 変異者に身内が襲われたのならば、いつものことだが早めの対処をしなければ取り返しのつかないことになる。

 被害者が身内かどうかで区別する気はないが、超能力者に襲われましたなんて相談が出来ない人間が近くにいるのなら力になるべきだ。

 何の力も持たない人間を守るのもエンプレス・ロアの仕事である。


 光には体調は大丈夫なのかと容体を一応は訊ねるメッセージを送った。


 単なる風邪ではないとしても正直に話すとも思えないが、反応次第ではわかることもあるかもしれない。

 後は柳太郎にも話を聞こうと思ったが、まずは情報通に何か情報はないかを確認することにした。


「あ、おはよ。どしたん?」


 教室の隅で気の良いギャルである、鈴木陽菜が首を傾げる。

 楓人一人で話しかけるのは珍しいが、コミュニケーション能力の高さではカンナを凌ぐかもしれない彼女の元には噂話も集まってくるのだ。


「また都市伝説関係の話を聞かせて貰いたくてさ。悪いな、何度も」


「意外と都研って忙しいんだ。まー、アタシで良ければ全然オッケー」


「ありがとう。それで・・・・・・少し前に、黒い鎧みたいなものを着た影が目撃されたって話は知らないか?」


 本来ならば普通の人間にはこういう話はしないが、陽菜は自分で都市伝説を調べているわけではない。

 後で眉唾な話であると補足すれば彼女を危険に晒すこともあるまい。


「あー、それ知ってる。でも、場所も蒼葉東の方?とかで全然ハッキリしないよ」


「そうだよな。俺もぼんやりと聞いただけで、さすがに有り得ないとは思ってるんだけどさ。何でそんな話になったのかに興味があったから」


「だよねー、さすがにマンガ過ぎるし」


 陽菜と笑い合いながらも確かに展開自体は物語染みていると自分達の異常さを改めて認識する。

 普通の人間からすれば変異者達の戦いは漫画の世界並みの出来事しかないし、椿希のように短い期間で受け入れる強さを誰もが持っているはずもない。


「それじゃ、何かあったらネタをくれると助かる。ちゃんと何か奢るから」


「オッケー、ゴチになりまーす。あ、それと・・・・・・口止めされてたんだけど」


 声を潜めて辺りを見回しながら陽菜は囁いてくる。


「口止めって誰にだ?」


「柳太郎からなんだけどー・・・・・・アイツ、怪我してるっぽいの」


 椿希の言っていた体調が悪いとはこのことだったのかと今更になって納得する。

 その情報を得た後で柳太郎の行動を思い返してみると確かに不自然だったシーンもあった気がしてきた。

 例えば、今朝は鞄を下す時に体勢的にも使い辛かった左手を使っていたこと。


「右腕の捻挫でもしたのかね、あいつ」


「偶然、裏で包帯巻きなおしてるの見ちゃった。たぶん、アレ切り傷っぽかったね」


「・・・・・・切り傷?」


 包帯を巻くほどの切り傷なんて日常生活で負うものではない。


 それが有り得るとしたら誰かに切り付けられたとか、そういった類で出来た傷口の可能性が高い。

 陽菜には心配させないように口止めをしたようだが、彼女も柳太郎の妙な様子を見て黙ってはいられなかったのだろう。

 このことはまだ椿希には伏せておくべきだ。


「わかった。俺が柳太郎の様子が変だって気付いた体にして聞いてみるよ。陽菜の名前は出さない方がいいだろ」


「ごめん。都合いいハナシだけど、アタシも心配だから。理由も話してくんないし」


「陽菜は柳太郎のこと好きなんだな」


「え、あー、まあ・・・・・・そんな感じ」


 少し焦ったように視線を泳がせるのを見て、最初はそういう意味ではなかったのだが色々な方向性で好意を持っているのだろうと確信した。

 意外と言ったら失礼だが、柳太郎はそれなりにモテるのである。


「隠してたってことは何か理由があるんだろうな」


 陽菜との会話を終えると独り言を溢しながら席へと戻る。

 どう話を進めたものかを考えていると、光に向けて送っておいたメッセージの返信を携帯が告げて来る。


“熱はまだあるが問題ない、部活は俺抜きでもお前達なら大丈夫だ”


 戦線を離れる予定の頼れるエースのような発言をしながらも、意識がはっきりしていることにはまずは安堵する。

 変異者絡みではないと証明されたわけではないが、登校してきた時には念の為に事情はさりげなく聞いておこう。


 当面の問題は不審な傷を隠している柳太郎の方だ。


 ハイドリーフの件も対応を迫られているので、コミュニティーメンバーはフル回転になるかもしれない。

 そこで、化学の移動教室の時を狙って柳太郎と行動することにした。


「化学ってどうにも好きになれねーんだよなぁ」


 ぼやく友人に適当に相槌を打ちながら、楓人はどう切り出すかを知恵を巡らせて考えている。

 言い方を間違えれば柳太郎が何かに巻き込まれているのかには辿り着けない。

 そう考えると変異者と話をするのとは別の意味での緊張があった。


「・・・・・・なあ、柳太郎。正直に答えて欲しいんだ」


「何だよ、改まって。いいぜ、オレに答えられることならよ」


「お前、右腕の傷どうした?小さい傷じゃないだろ」


 それを指摘すると柳太郎はあっさりと観念した表情になって溜め息を吐く。

 お互いの性格は知れているので、ここでしらばっくれても無駄だと悟ってくれたようである。


「陽菜が話したのか。お前が打撲とかじゃなく傷だって知ってるはずねーしな」


「そこは突っ込まないでくれると助かる。俺だってお前を心配してるんだよ。もし、何か変なことに巻き込まれてるなら話してくれ」


 相変わらず勘の良い柳太郎は楓人の言葉に滲んだニュアンスを的確に読み取って鋭い指摘を入れて来た。

 普段は頭の悪そうな返しもしてくる親友が人間関係に関しては頭が回ることを長年の付き合いの中でよく知っていたのだ。


「・・・・・・オレが変な事に巻き込まれたって言ったら、お前は助けてくれるのか?」


「当たり前だろ。俺はお前に助けられたし、親友だと思ってる。お前の力になりたいんだよ」


 柳太郎がいなければ、ここまで守りたいと思う日常はもしかしたら存在していなかったかもしれない。

 陽気で何も考えないようでいて、周りを見守っている柳太郎は楓人から見ても尊敬に値する男だった。もしも、柳太郎に災厄が降りかかるなら立ち向かうことを厭わないつもりだ。

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