第162話:想定外

「ま、いいや。別にケンカ売りに来たわけじゃないし。カイトくんは授業受けてるから後で合流するよ。コミュニティーでさぼってたから、卒業はしないとって焦ってるみたい」


「そっか、頭脳担当が不在なのは不安だが仕方ないな」


「あたし達のことをさりげなくディスらなかった?」


「考えすぎだろ、俺はお前のことマジで頼りにしてるんだぞ」


「……そ、それならいいんだけど、さ」


 まんざらでもなさそうな顔ですごすごと引き下がる燐花。

 実際の所、燐花がいなければ探知も遠距離から敵に干渉する手段もなくなるのでエンプレス・ロアの動きは大幅に制限される。

 頼りにしているのは、その場の機嫌を取りたかったわけではなく本音だ。


「燐花ー、照れてるの?」


「う、うっさいわね!!」


「お前ら、本当は仲良いだろ」


 唯がからかって燐花が顔を赤くして睨み、仲良くじゃれあう二人。

 変異者関係の意見は真っ向からぶつけ合っているが、意外と仲良くやれる二人なのかもしれないと思った。


「それで、偽物の正体を確かめに行くんでしょ?」


「ああ、そうだ。呼び出してあるから話をしに行くぞ」


 四人一緒だと話が面倒なことになるし、あれから考えて疑わしい人物は挙げた。

 そもそも、色々なことがおかしかったのだ。

 そして、待ち合わせ場所の校舎前には待っている女子生徒達がいた。


 リーダー的存在の長谷、明るい系ギャルの秋峰の二人だった。


「あ、フウマさん。こっちこっち!!」


「フウマ……ましま、ふうと……ぷっ、ッ!!」


 秋峰がこちらに手を振り、笑いに魂を込める燐花はこれしきのことでツボに入りかけている大御所が一名。

 笑われるとネーミングセンスの無さで余計に恥ずかしい気持ちになるが、それよりも焦燥が楓人の中を駆け抜けていた。



 なぜなら―――。



「なあ、九重はどうした?」


 呼び出したのは彼女達ではなく、依頼を最初に持ち込んだ少女のはずだ。


 あの中で唯一、“黒の騎士になりたいか?”という質問に“なれるかわからない”と返答した人間。

 他の二人のように“なれるかどうか”ではなく、“なるか”に最初に言及していたのは黒の騎士の姿に変化できる故に出た無意識の返答だ。

 加えて、他の二人には九重ほど黒の騎士への思い入れは感じなかった。

 それでも、以前の段階ではエンプレス・ロアに自分から接触してきた者が犯人だと思っていなかったせいで特定しきれなかったのだ。


 しかし、用事以外でここにいないとするのなら。


「わからない、エンプレス・ロアの人に代わりに謝っておいてって頼まれたけどね」


「ねー、緊急事態だから後で話すって伝言だし。ま、いっかーって」


 理由も言わずに消えた九重が偽物の黒の騎士とするなら行き先は明白ではないか。

 狩人が動くのは獲物を見つけた時だけなのだから。


 その時、ポケットに突っ込んであった携帯が着信を告げる。


 コミュニティーで使用している方の携帯だったので、誰からかは予想しながらもディスプレイを眺めると案の定と言うか彗からだった。

 柳太郎の方に何かあったのかと焦りながらも距離を離して電話を取る。


「どうかしたか?」


『お友達は無事みたいなんすけど、ちょーっと面倒なことになってるんで』


「わざわざ電話してくるってことはただ事じゃないだろ」


「実は……偽物の黒の騎士と白銀の騎士が戦ってるとこに鉢合わせしたんすよ。正確には白銀の騎士が複数人に襲われてるっつーか」


「……そりゃ大事だな。場所をくれ、すぐ行く。白銀の騎士側が押し負けそうなら加勢してやってくれ」


 手早く指示を出しながらカンナを見ると、すぐに察して首肯が返ってくる。

 彗の話ではハイドリーフ側は何人かいるらしいが、どれだけの手練れかわからないので戦力は多いほうがいいだろう。


「城崎がすぐに来る。そうしたら、ここ数日で妙なことはなかったかを話してやってくれ。悪いけど、俺達は行かなきゃならなくなった」


 何が起こっているかわからないだろう蒼葉大学女子の二人を置いて、四人で駅へと走っていく。

 明璃はタイミング悪く、このキャンパスにはいないが念のために連絡だけはしておこう。


 電車に乗っている間も気が気ではなく、行った先でもう終わっていましたということも有り得る。



「あ、リーダー。随分と早かったっすね」


「タクシー代が相当かかったけどな」


 心配も杞憂だったようで、何とか現場には時間内に到着していた。

 金は度外視でタクシーやらで急ぎに急いだ甲斐があって、無事に彗とは合することが出来たのだ。


「結構多いわね……。十、十三人ってとこよ、ここから調べた結果だけどね」


 燐花は既に自分の役割を理解しており、探知を完了させて敵の位置を特定していた。

 対して、こちらは戦力に数えるべきではないカンナを除けば三人しかいない。


「彗は燐花と距離を保ちながら、燐花は遠くから敵の数を減らしてくれ。唯は最初はそっちに参加、折を見てこっちに来るか決める」


 怜司ほどの戦局眼はないものの、人材の配置だけは繰り返したので慣れている。

 カンナと楓人は別に動いて黒の騎士となり、後から単騎で高い戦闘能力を誇る唯を戦場に参加させてもいい形を取る。

 最悪の場合は偽物と白銀のどちらも相手にするかもしれず、対応力の高い人材を配置することにしたわけだ。


「さて、それじゃ頼むぜ!!」


 思わぬ事態になったが、楓人はカンナを連れてビルの間を駆け抜ける。

 ここならば戦場の外なので見られることもないとカンナが差し出してくる手を握り締める。

 わざわざ手を繋ぐのは必ずしも具現化に必要な行動ではないが、相棒との絆を感じて心が高揚した。


「さて、行こうか……アスタロトッ!!」


 名を呼んだ瞬間に少女は漆黒の風になる。


 任せて、と答えるように風は一際に強く黒い装甲を撫でた。

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