第155話:対話不成立
例え相手が黒の騎士と同等の能力を持っていたと仮定しても、敗北は有り得ないという絶対の自信があった。
武装が同じあるいは似通っているのなら、変異者同士の戦いにおいて物を言うのは純粋なアスタロトへの理解と能力行使の経験だ。
その二点において楓人が偽物に劣っているはずがない。
加えて、カンナが意思を持っているのはアスタロトの能力の一つではない。
要するに敵は自分の感覚のみで全ての力を発揮できないアスタロトを操らなければならず、二人で力を扱っている本物とは出力も速度もまるで違う。
「・・・・・・・・・ッ!!」
槍が火花を散らす度に体勢を崩され、もう一人の騎士は次第に追い込まれる。
身体能力自体は戦いになるレベルだが、明らかに槍の長さと形状を持て余しているのが見て取れた。
日常生活で槍を振るう機会などなく、振るえる腕力はあったとしても扱いには一定の慣れが必要になってくる。
この舞台で戦った時点で優位は決まっていたのだ。
そこで畳みかければ勝負は決まっていただろうが、楓人は力で相手をねじ伏せるのを止めて声を掛ける。
戦う前に本来ならばするべきことがあったのだと戦いの間に気付いたからだ。
「今更だけど、すまん。俺が悪かった。一度休戦しないか?」
「・・・・・・・・・えっ?」
楓人は圧倒的優位を捨てて、構えた槍を一度下す。
戦いを止めて大人しくするのなら、即座に休戦して話し合いに持ち込みたいぐらいだと最初から思ってはいた。
だが、目の前の装甲に包まれた少女からは止まる意志は見えず、戦いを挑むしかないのだと自分に言い聞かせた。
既に仲間も集まっている話を聞いて、結論を急ぎすぎたようだ。
戦いを止めて欲しいという要求を突っぱねられたものの、しっかりと話を聞いてみれば解決策も出てくるかもしれない。
それさえも出来ない場合に力尽くを選ぶべきであって、話を聞かないで斬りかかるようでは犯罪者達と大差ない。
「もし、何をしたいのかを話してくれるなら聞きたい。一緒に何かできるかもしれないだろ。もっと話を聞こうとするべきだったと思ってさ」
「わかった、私も黒の騎士さんとは戦いたくないから」
そして、二人とも不戦の証として槍を消滅させる。
偽物がこちらを騙していたとしても、この距離なら十分に反応できるだろう。
拍子抜けするほどにあっさりと要求を受け入れた敵を見て、楓人は話し合いが通じない人種もいる反面、逆もまた然りだと安堵していた。
「私は、あなたの敵を排除しようと思ってる」
「それで、最初の段階は何をしようとしてるんだ?」
「一番危険だった烏間は死んだ。レギオン・レイドは純粋な敵とはまだ言い切れない。私達が狙うのは・・・・・・白銀の騎士」
楓人は以前から面識はあるが、それは最近になってネットの海で噂になり始めた新しい都市伝説の名だ。
黒の騎士とは敵対しているとされ、以前に死んだ獣の変異者も白銀の騎士が最終的に手を下したことまで情報が広まっていた。
正義とも言えないが、悪とも言えない存在として変異者が構成するネットワークでは語られつつある。
その快楽殺人者ではない相手を、潰すと言っているのか。
「止めとけよ、生半可な戦力じゃアイツは倒せない。それに完全に敵だとは俺も思ってないんだよ」
「平和への協力もしないし、勝手に殺す人間を選んで手を下す。それはあなたにとっては悪じゃないの?」
感情が入ったのか少しずつ口調が崩れ始めているが、まだ誰が正体かを特定するまでには至らない。
同時にその指摘は楓人が抱える葛藤の一つを正確に突いた。
完全に暴走していた獣の変異者を殺し、他の犯罪者のみを選んで殺しているとしたら白銀の騎士は悪なのか。
戦うべき相手か、戦う必要があるのか、と言い換えてもいいかもしれない。
善悪を論じる程に自分が絶対の正義だと普段から信じてはいないが、互いに自分を正義と信じるが故に争いは生まれるのも事実だ。
時に戦ったり手を貸したりする存在をどうするべきなのか。
「アイツが動きを見せるなら放ってはおけない。だが、今のままだと俺達から手を出す理由はないな」
「黒の騎士さんは凄く優しい人だし、そうやって悩んでる。それなら、あなたができないことを私がするの。同志ってそういうことだよね?だから、白銀の騎士は私達が全てを暴いて、追い詰めて、きっちり排除する」
熱を持って彼女が語り始めていることは一部を切り取れば正しいのが厄介だ。
出来ない部分を補い合うのはエンプレス・ロアの在り方であり、彼女は決して仲間を捨て石とは思っていないのかもしれない。
それでも、偽物の黒の騎士はどこか狂気を秘めている。
白銀の騎士の正体を暴き、最後には命を奪う。
黒の騎士に敵対する者を許さない彼女はハイドリーフの戦力不足を察した上で有効な手段を講じる冷静な危険性を抱えていた。
それ故に、最初は白銀の騎士の正体を暴いて弱みを握ることから始めようと言い出したわけだ。
「俺の為に戦ってくれる気持ちは嬉しい。でも、君が白銀の騎士の命を奪えたとして、それを依頼したらマッド・ハッカーと同じだろ。俺達に任せてくれないか?」
「・・・・・・黒の騎士さんがそう言うなら少し様子を見る。でも、白銀の騎士の素性を洗うくらいはいいでしょ?何もしないで解散じゃ、仲間も収まらないし」
「わかったよ。協力してくれる気持ち自体は本当に嬉しい。ありがとう」
「やっぱり、優しいね。私、黒の騎士さんの為に頑張って役に立つから」
危うさはあれど黒の騎士を尊敬しているのは嘘ではなかったようで、必死で説得すると一旦は矛を収めてくれる方向に向かいそうだった。
やはり、最初から話し合いにするべきだったのだと己の短慮を反省する。
そう、そのまま終われば丸く収まる道も模索できたかもしれなかった。
「そうか、俺に用があるなら話は聞いてやろう」
そこに、当の本人が現れなければ。
月の光を背後に、銀色の騎士が楓人に向かって歩みを進めていた。
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