第154話:複製


 結局、カンナとのことは洗いざらい吐く羽目になったというかカンナ自身が全て話してしまった。

 相手の恋愛事情を聞くだけ聞いておいて自分達が隠し通すのもフェアではないので、楓人は黙って告白された本人に暴露される羞恥に耐えた。


 そして、カンナの話が丁度終わる頃に時間は訪れていた。


「あっ、雪白さん来たよ」


 ふと小声でカンナが囁いて、出来るだけ目線を向かないように楓人も街灯で照らされた駅の出口を確認する。

 現れたのは身長は高くないが、物静かな雰囲気を漂わせた茶髪の男だった。

 派手すぎない柄のシャツに薄手のジャケットを羽織り、楓人の視力で集中するとネックレスやら装飾品をしているのが見える。


 話に聞いている通り、垢抜けた様子ではあるものの思慮深そうな男だった。


「さて、行くぞ。明璃は先に尾行していてくれ。俺達はこっそり戦えるように準備しなきゃならないだろ」


「うん、わかった。わたしの前に偽物が現れたら成功ってことだよね」


「ああ、そっちは任せたぞ。不審者として捕まるなよ」


 あの三人の女子のいずれかが偽物の正体ならば、雪白を尾行している人間がいると知った今なら確実に現れる。

 現れなければ他に偽物の黒の騎士がいる確率は高まるし、あくまでもアリバイ的に言えば怪しい雪白の監視になるので無駄骨にはならない。


 監視されている可能性を考えて、念入りに隠れる場所を探す。


 近くにあった料理店の脇にある細い通路を通過して、そこで足を止める。

 ここならばさすがに見られることもあるまい、とカンナの方に目線をやった。


「・・・・・・行こ、楓人っ!!」


 頬を染めて手を差し出してくるカンナの体温を感じながら、胸に湧き上がる熱を自覚しながらその手を握る。

 いつかのように指を絡めて、恋人同士のように。

 そうすれば、二人が創り上げた黒の騎士は更に強くなれるような気がしたのだ。


「———来い、アスタロト」


 風が優しく楓人を覆い、今宵も漆黒の伝説は君臨する。


 機械的なフォルムを持つ全身装甲、カンナの意志が宿った目の役割を果たす蒼の水晶、それらの姿は鏡などなくても過去にイメージし続けた姿なのでありありと脳裏に浮かぶ。


「さて、今日も頼んだぜ」


 漆黒の騎士と化した楓人は裏路地へと躍り出ると明璃の後を追う。


 出来るだけ大通りに出ることは避けて、時に家の塀を飛び越えつつ文字通り風のように仲間を追跡する。

 彼女の元に黒の騎士が現れれば作戦は完璧に成功したと言える。


 だが、実はもう一つだけ成功の条件が存在する。



 ―——月が出始めた空に、漆黒の騎士が佇む。



 そう、駆ける漆黒の騎士の前に漆黒の影が立ち塞がったのだ。


 そよ風に草木が揺れる声を耳にしながら、本来ならば有り得ない光景に楓人とカンナは対峙していた。

 まさしく見た目は瓜二つ、アスタロトがこの世界に二つ存在するはずもない。


「まさか、こんなに簡単に釣れてくれるとはな。俺に会いに来たんだろ?」


 これであの三人の内に黒の騎士がいることはほぼ確定した。

 そして、質問に対して偽物の黒の騎士は思いのほか素直に首を縦に振った。


「君は俺の敵か?犯罪者を襲ってたみたいだけどよ」


「・・・・・・・・・」


 首を横に振って、握手を求めるようなジェスチャーをしているのは友好関係を結びたいという意味だろうか。


生憎あいにく、手話には詳しくないんだ。喋っても声だけじゃ誰かバレやしないし、性別が女ってことはもうわかってる」


 どうやらアスタロトのことを全く知らない様子からすると、偽物は幻影を見せるか能力を写し取る能力を持つ具現器アバターだろうと考えられる。

 だとすれば、あの四人グループの中には“火の玉を吐き出す能力”と“黒の騎士に擬態できる能力”を持った人間が潜んでいることになる。


 その能力二つにはどんな因果関係があるのかは知り得ないが、ここで偽物に全てを吐かせれば事件は解決する。


「敵対する気はないし、私はあなたに畏敬の念さえ持っている。出来れば手を組みたい」


 素性が割れない為の努力で慣れない口調なのか、やや固い喋り方になっているせいで何者かがまだ判別できない。


「そう言ってくれるのは有難いんだけどな、一緒に戦うって意味なら受け入れられない。そっちは今まで通りに平和に生きてくれていいんだ」


 楓人がハイドリーフに望むのは戦闘における支援などではなかった。

 危険がない程度の情報収集面は支援してくれれば助かるが、ハイドリーフという集団が平和を望んで賛同してくれている事実だけで大きな変革に成り得る。

 具現器アバターの扱いに慣れていない、そもそも戦う心構えの出来ていない変異者を多く組み込んだからと言って戦力にはならない。


 何より、ハイドリーフにはそのまま平和に過ごすことを望む。


 彼らが平和であることは、楓人達の活動が少しでも実を結んでいる証明でもあるのだから。


「既に賛同する仲間も集まっている。貴方の為に私達は戦いたい」


「俺の意志を尊重してくれるなら余計に戦わないでくれ。それでも戦うって言うのなら・・・・・・力尽くで君から拘束する」


 己の行いに酔った変異者達の暴動にまで発展してしまえば、マッド・ハッカーの活動並みに厄介なことになりかねない。

 もしも、偽物が勝手に黒の騎士の意志だとして見方を募っているのだとすれば見過ごすことは出来ない。


 手にした漆黒の槍が形を持つ。


 そして、それはもう一人の黒の騎士も同じだ。

 楓人達のような黒色をした風ではなく、まるで黒い火が燃え上がるかのような現象を経て漆黒の槍は出現していた。


「まさか、ここまで真似されるとは思ってなかったよ」


「こちらに戦う意志はない、それでも続ける?」


「こっちはそういうわけにもいかないんだよ。安心しろ、命を奪うつもりも必要以上に痛め付けるつもりもないから」


 二つの漆黒は同時に駆ける。


 偽物側も速度はかなりのもので、楓人の動きには着いてくる。

 まず最初に確かめておくべきことは、目の前の偽物がどこまで黒の騎士の能力をコピーできているかだ。


 恐らく、楓人の想像では―――


「・・・・・・・・・ッ!!」


 漆黒の風を纏った一撃同士が激突するが、大きく押し負けて吹き飛ばされたのは偽物の方だった。

 やはり推測の通りで、偽物は本物を見かけてどこかで複製を発動させた。


 しかし、その複製対象は今の風の量を見る限りはカンナの方だったのだ。


 楓人の風とカンナの風が合わさって初めて、黒の騎士は完成する。

 加えてカンナが楓人の為にと重ねてくれた研鑽の結晶を、他の人間が纏ったとしても、本来の力の半分も発揮できないはずだった。

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