第146話:森に隠す-Ⅱ


 城崎と唯も別のコミュニティーに所属する以上は多少の考え方の違いがあるにも関わらず、楓人カンナペアとの相性は良かった。


 まるでエンプレス・ロアのメンバーと話しているような感覚さえ覚えて、それは恐らくスカーレット・フォース側の二人も同じだったのかもしれない。

 そして、和気藹々とカンナに話しかける唯を少し離れて城崎と楓人が見守る構図になっていた。

 やはり、女子同士でこそ話が合うこともあるのだろう。


「なあ、一つ頼みたいんだが」


「内容によるけど、俺に出来ることならな」


 不意に城崎がやや躊躇った末に口を開き、楓人はオレンジ色が入り始めた空に視線を飛ばすとそう答えた。

 なぜ躊躇ったのかはわからないが、何か大事な話である気がしたからだ。


「・・・・・・何かあった時は、天瀬を頼んでいいか?」


「何かって、お前がどこかに行くみたいな言い方だな」


「そういうつもりはねえが、何となくだ。あんたはいい奴みたいだし、天瀬もあんたらといた方がきっと幸せだろうからな」


 その口調は自分の死を予感しているとか悲壮なものは何も感じなくて、冷静沈着な城崎という男にしては声に温かい色が満ちているように思えた。

 少なくとも唯のことを仲間だと思っているのはわかったし、年上だけあって唯の未来を憂いているようにも見えた。

 確かに変異者としては安定していても、唯は無意識に自分の在り方を正しいと確信していない節がある。


 燐花と口論になったのも言い方の問題もあったが、内心にあった迷いを的確に突かれたことによる反動も幾らかあるように楓人には見えていた。


「・・・・・・そっちにいたら幸せになれないのか?」


「わからないから頼んでるつもりだ。万が一、アイツが動けなくなった時はエンプレス・ロアが助けてやって欲しい」


「わかった、その時は約束するよ」


「頭は良くない上に面倒臭いけどよ、悪い奴じゃない。だから・・・・・・頼む」


 悪い奴じゃないのは唯だけではないと楓人は内心で思いながらも唐突な頼みに何の迷いもなく首肯を返す。

 相手が誰だろうが、自分の運命や存在と戦い続ける心の強さがあるならばエンプレス・ロアはいつでも手を差し伸べるだろう。

 城崎が何を知っているのか、予感に過ぎないのかはわからない。


 それでも、仲間を思う心を持つ城崎と唯は敵に回したくないと心から思った。



 ―――そして、楓人はカフェへと戻ってくる。



 ちなみに学校を休んだことで心配をかけていたらしい椿希からは『あまり無理しないでね』とメッセージが来ていた。

 やはり、カンナとの関係はバレているので急な休みは勘の良い彼女には不自然に映ったらしい。

『ありがとう、出来るだけ心配かけないようにする』と感謝の気持ちを表明したメッセージを返しておいた。


 椿希は楓人を支えてくれた大切な存在で、黒の騎士の正体を知ってなお傍にいてくれることには感謝しかない。


 彼女がいなければ今の楓人は存在していないと間違いなく言えるのだ。

 よって、椿希をあまり心配させないように配慮はしていきたいというのは紛れもない本音だった。


「おかえりなさい、リーダー。収穫はありましたか?」


 見慣れたカフェに鈴を鳴らしながら足を踏み入れると夕飯の支度をしてくれている怜司が出迎えた。

 相変わらず奇妙なまでにエプロンの似合う男だった。


「ああ、色々と判断に迫られて勝手に決めたことがある。勝手して悪かったな」


「我々を頼っていただけるのは嬉しいものですが、リーダーの判断も時に必要でしょう。組織のトップは下の気持ちを理解こそしても、顔色を伺うべきではありませんからね」


 怜司の言葉に頷ける部分もあったので、楓人は今日あったことを事後報告という形で話して聞かせた。

 どちらにせよ、あの場では城崎達と組む以外の選択肢はなかったはずだ。

 貴重な情報に加えて城崎と唯の協力を得られないのは、あの状況においてあまりに大きな損失と言い切れただろう。


「成程、リーダーの判断は正しいと思います。逆にそこで断ったり保留にしていたら、私は苦言を呈していたかもしれません」


「俺達は今後、燐花はこっちに協力して貰うかもしれないが基本的には城崎と唯と一緒に動く。方針は共有はするけど細かいコミュニティーへの指示はお前に任せたい」


「そうですね、敵の正体が完全に知れない内は私達は別に動いた方が良いでしょう。レギオン・レイドの協力が得られないのは大きな痛手です」


「ああ、情報を集める上であそこより優れたコミュニティーは多分いないからな」


 渡に連絡を取ろうと思えば取れるだろうが、無償で力を貸してくれと言う申し出をあの男が受けるとも思えない。

 増してや、今回の件では烏間相手とは違って渡側には動くメリットもほぼないので確実に静観に回るのは目に見えていた。

 あの男も無償で動く正義の味方ではないことはとっくに理解している。


 そういった戦力低下もあって城崎達の助力は有難かった。


 今回の件で静観している人間達、ハイドリーフの賛同を得られればこの先に大きな力になってくれるだろう。

 その一歩目として、まずは城崎の持っていた情報に従って動くことにした。


 明日の夜、カンナを連れて城崎と唯と合流する手はずになっている。


 その前に管理局を経由しつつ病院に寄って、ニュースにもなった火の玉をぶつけられて入院した人間からも話を聞く予定だ。

 蒼葉東で何が起こっているのか、全貌を把握するのが最初の段階だろう。それが何を意味するのかは解り切っている。


 ・・・・・・明日も楓人とカンナのサボりは継続である。

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