第139話:変わってゆくもの


 結局、烏間との戦いの後処理には数日を要した。


 烏間当人は死亡し、戦力として呼ばれた暴走変異者含むマッド・ハッカーの人員はほとんどが捕縛されて収監された。

 烏間の手によって能力を暴走させる実験をされていた変異者の内、二名は戦う内に自滅して最終的には命を落としたそうだ。


 エンプレス・ロアの重度の怪我人はなく、渡は紅月柊と戦っていたそうだが何とか軽傷で止める善戦を見せた。


 だが、懸念点は人形を操っていた西形が紅月柊に連れ去られたこと。

 命は落としていないようで、渡が聞いた内容によれば管理局に最終的には収監させる形を取るそうだがどこまで信用できるか。


 都市人類管理局という一大組織でも抗争の跡をもみ消すのは骨が折れるようで、ニュースでは謎の連続爆発事件として報道がされてしまっている。


 ますます、蒼葉市の都市伝説を多くなりそうだ。



「大体はこんな所か。今回は本当に助けられたな。ウチを代表して俺からも礼を言わないとな」


『お前らとは利害も一致してたからな。烏間は始末できて最低限の成果は出て何よりだ』


 一通りの事後処理が終わった後で渡と連絡を取り、今回の顛末を報告しておく。

 今回はレギオン・レイドの働きも大きかったのでこの事件の一先ずの結末はリーダーの渡も知る権利があるだろう。

 だが、このまま手を取り合って歩み続けられるとはどちらも思っていない。


 その証拠に渡はしばしの沈黙を挟むと重い口を開いた。


『お前らと今すぐに敵対するつもりはねえが、正式な同盟はここまでだ。今後は俺なりのやり方でやらせてもらう』


「・・・・・・ああ、わかってる。お前の協力を次に頼む時はそれなりのやり方を選ぶつもりだ」


 以前にもレギオン・レイドを味方にする方法は渡と話し合っているが、今はまだその時ではないと二人とも理解していた。

 一度も戦わずに解り合うことは出来ない立場と面子をどちらも持ち合わせているので、刃を交える時がやってくるのは明らかだった。

 だが、それでも楓人は不愛想な癖に話がわかる渡という男が嫌いではない。


「絶対負けを認めさせて、一緒に戦いたくなるようにしてやるからな」


「はっ、やれるもんならやってみろよ」


 互いに挑発とも軽口とも取れる会話を交わして通話を切るが、それぞれの胸にした思惑はわかっているつもりだった。

 互いに相手が大きな戦力になるであろうことを理解し、自分の陣営に取り込もうとしている。


 だから、渡と戦って勝てばレギオン・レイドはエンプレス・ロアと永遠に手を結ぶことになるだろう。


 だが、渡をその舞台に引き摺り出すには楓人が勝った場合に渡にも利するものを用意しなければならない。

 レギオン・レイドを取り込むにはそれなりの条件提示が必要だ。

 その為にも以前に渡が見せてくれると約束していた賭博場は視察してきており、概ねの情報収集は完了して渡と戦う時の準備も整いつつある。


 通話を終えると楓人はカフェの一階へと降りていく。


 今日は店は休みなので買い物に行ったのか怜司の姿はなくカンナの姿があった。 学校も休日なのでメンバーにも休息を取らせて次なる働きに期待したい。


「あ、電話終わったんだ。それで・・・・・・コーヒー淹れて見たけど、どう?」


「へえ、珍しいな。折角だしいただくか」


 カンナとはいつも通りに相棒として接しており、特に気まずいとこともない。

 アスタロトに関する謎がもう一つ解けたが、カンナという名前を付けた時に“雲雀”という名字が彼女からすぐに出てきたのは以前の名前に関係している。

 あくまでもアスタロトにあるのは人格ではなく意志なので、死にかける前からカンナはこういう性格のようだ。


 以前がどうであれ、彼女は再び雲雀カンナであることを選んだ。


「・・・・・・大分、独特な味だな」


「やっぱり、まだダメだよね・・・・・・」


「折角だから教えてもいいぞ。今日はのんびり出来そうだし、やってみるか?」


「うん、ありがと楓人!!」


 嬉しそうに笑うとカンナはコーヒーメーカーの傍に立つ。

 楓人も傍で教えるべくカウンターの向こうに行くとついでにコーヒー豆の瓶を取ってやる。


「ね、楓人。そういえば私・・・・・・決めたことがあるんだ」


 コーヒー用スプーンを洗いながら彼女は楓人に声を掛けて来る。

 それは何か重大な決意を秘めた言葉のようで、楓人はコーヒーの淹れ方を教えるのは一先ず置いて彼女の言葉を聞くことにした。

 こういう時のカンナは本当に大切なことを切り出すとわかっていたからだ。


「楓人のことは本当に信じてるし、これからもずっとそうだって言えるよ。でも、遠慮してたことが一つだけあったの」


 少しだけ照れの入り混じった言葉と表情で何のことを言っているかは大体理解できたが、それでも最後まで逃げずに聞こうと思った。


「私、椿希に遠慮しないでって言ったんだよね。でも、一番遠慮してたのは多分私だったんだ。遠慮しちゃいそうだから椿希にそう言って、楓人にもずっと気持ちを言えないのに一緒にいれば満足してたから」


「そんな話をしてたのか。急に仲良くなったから気になってたんだよ」


「椿希とはすっごく仲良くしたいし、楓人ともずっと一緒がいい。我が儘だけど、諦めるのは何か違うと思うから」


 彼女の凛とした表情を見て、カンナも激しい戦いを経て色々なことが変わっているのだと実感する。

 そして、自分の生まれやアスタロトに失うはずだった命を救われた宿命を知っても、雲雀カンナとして前に進むことを決断した。


 誰でもない、ただ一人の真島楓人の相棒アバターとして。


 紅の王が言う、前に進む強さとは時にどこまでも眩しいと共感せざるを得ない。

 カンナの真っ直ぐながら柔らかい視線を受けて、楓人も自然に唇が緩む。

 これからも壮絶な戦いが待っているかもしれないし、紅月柊以外にも力量的に黒の騎士でさえ届かない敵も出て来る可能性はある。


 それでも、彼女と一緒なら前に進める。


 心がより強く結ばれた今だからこそ、彼女の言おうとしていることも察する。


 表情に照れを滲ませ、頬には桜色を散らし、最高の笑顔でカンナは微笑んだ。



「・・・・・・あなたのことが好きです」




 ―――季節はもう、夏を迎えようとしていた。




■第二章:人形襲撃編  -パペット・クライシス- END


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