第三章:白銀の一葉編 -シルバー・リーフ-

第140話:夏の傍らに



 ―――七月も間近になり、蝉がやたらと自己主張を始めた。



 どうやら一説では一月ばかり生きると言われる蝉の合唱に囲まれて、カフェ『スワロウ』は休業の看板を掲げている。

 土曜日の昼時だと言うのに落ち付いた木造りの店内に全く人気はなかった。


「暑いねー・・・・・・一階行くと溶けそう」


 金色の美しい長髪の少女、雲雀カンナがぼやきつつガラスの机に頬を付けて気持ちよさそうな顔をする。

 カフェの二階にある楓人の私室にはクーラーが全開で起動しており、部屋には楓人とカンナ以外にも二人の女子に加えて男子が一人がいた。


 我が都研の女子部員である菱河燐花、夏澄椿希と男子部員の仁崎柳太郎だ。


 最初は全員で集結するつもりなどなかったが、柳太郎と椿希が訪れて燐花が暇だと遊びに来たので全員集合となってしまった。

 ちなみに椿希にはカンナと同居している旨はカンナにフェアでありたいと頼み込まれ、バラした上で嘘を吐いていたことを謝罪したのだ。


 物分かりのいい椿希にもやや小言を言われたものの、仕方のない理由があることは理解してくれたようだ。


 そして、楓人もまたこの二人との関係は真剣に考えなければならない。

 カンナには正面から気持ちを伝えられて本気で悩もうとしていたのだ。


“答えはすぐじゃなくていいよ。その間にもっと好きになって貰えるように頑張るからっ!!”


 変異者の件だけで容量オーバーしかかっている楓人を気遣ってか、気合に満ち溢れたカンナはそう言ってくれた。

 彼女曰く、すぐに答えを求めずとも気持ちを曖昧にするのは嫌だったそうだ。



 少しずつ変わっていくものがあっても、相変わらず楓人の周囲は賑やかだ。



「そういや、全員昼飯食ってきたんか?オレは楓人にご馳走させようと思ってたから食ってない」


 柳太郎の問いに椿希以外の全員が首を横に振った。

 どうやら、柳太郎と燐花はカフェ『スワロウ』のアクシデントを知らずに昼食をたかるつもりで集まってきたらしい。


 そう、今は一階の大型クーラーは故障していて業者を呼び付けてある。


 怜司は休みにたまに明璃と出かけるようになり、今日も楓人は二人が上手くいくことを願って送り出したのだ。


「はぁ、なんでこのタイミングで店閉まってんだよ・・・・・・」


「あたしも店空いてるから、お昼奢らせてやろうと思ったのに」


「ろくでもないな、お前ら・・・・・・」


 口ではそう言いつつも売り上げに貢献している二人なので昼食の一回や二回は奢ってもいいが、店の冷蔵庫を衛生上の関係もあって今は開きたくない。

 そう考えた時、あるものが大量にあることを思い出して楓人は立ち上がる。


「よし、お前ら全員たらふく食わしてやる。しかも、さっぱりとした食べ物だ」


「さすがオレの親友だな、勿体付けやがってよ!!」


「あたしはこれくらいやる奴だと思ってたわよ」


「えーっと、多分アレだよね」


「例年の傾向からするとアレね、柳太郎はハイになって気付いてないけど」


 さすがにカンナと椿希にはあっさりバレたが、同じく付き合いが長いはずの柳太郎は冷静に考えれば頭の回転は早い癖に今はネジをどこかへ忘れて来たらしい。

 ようやく大量のアレを処理できると楓人は倉庫へと向かった。


「私も行くよ、小さいものくらいなら持てるし」


「おう、サンキュ。助かる」


 カンナは先程の会話からも解るように何を持ってくるかを完全に察しているようで、とことこと着いて来る。

 他のメンバーは楓人の部屋で待機しているが、常識人の椿希がいる以上は恒例の部屋を漁るようなことにはならないだろう。


 そして、楓人とカンナはまずは道具を取って戻ってくる。


 組み立て役の楓人と茹でるだけなので扇風機を与えて調理を任せたカンナに別れ、素早い段取りの結果としてすぐに昼食の準備が整った。


 ―――十五分後。


「・・・・・・やっぱり、こうなったわね」


「え、ちょっと、頭が着いていかないんだけど。何なのよ、これ?」


「これかぁ・・・・・・。お前、お中元を処理しにきやがったな」


「仕入れ先からも素麺そうめん攻めされてるんだよ。人数もいるから消費してくれ」


 彼らの目の前に組み立てられたのは小型のウォータースライダーのようなもの。

 玩具と食の融合を果たした文化、それを人は流し素麺そうめんと呼んだ。

 麺の入ったタンクには氷もたっぷり入れてあるので暑い日にはもってこいの食事ではないか。


「そもそも、何でこんなもの家にあるのよ」


「それ、楓人の自作よ。私も作るの手伝ったから間違いないわ」


「椿希、あんた結構大変な思いしてんのね・・・・・・」


 淡々と思い出を語る椿希に同情の目を向ける燐花。


 楓人の立場から言い訳をさせて貰うならば、別に強要したわけでもなく面白そうと椿希が言うので手伝って貰ったまでだ。

 彼女は意外と好奇心旺盛な一面も持っており、楓人の考えた遊びには積極的に参加するような女の子だったのだ。


「そういや、オレと楓人で流し素麺やりたいって言って作ったんだよなー」


「このプラスチックっぽいカーブの部分とか何使ってるわけ?」


「昔、ミニカーみてーな玩具走らせるやつあったろ?そのコース使った」


 柳太郎も制作には関わっているので、若干引いたような燐花の質問にもあっさりと答えを出した。

 何にせよ、所用がある光以外は都研のメンバーが揃っているのでネタ切れ間近の活動方針について話し合うことにしたのだ。


 何故か、流し素麺パーティーをしながらの会議はこうして始まった。

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