第137話:試練


“なん、で・・・・・・?”


 カンナの声が内側から響き、楓人も全く同じ言葉を内心では呟いていた。


 今までにアスタロトの正体を知った者はいないし、それを知っていながらなぜ烏間には話さなかったのか。

 黒の騎士を追い詰めようと思えば、いつでもできたはずなのに。


「少し彼女を交えて話をしようか。その槍の柄をこちらに差し出すんだ」


 アスタロトの風を元に具現化した槍では、楓人を傷付けることが出来ないので乗ってもデメリットはほぼない。

 武器を手放させるのが目的なら、烏間を殺した後の動揺を突けばもっと簡単に有利な状況を作り出せたはずだ。

 楓人は黙って歩み寄ると槍の先端を二人の中間になる地面に突き刺した。


「さて、久しぶりだね。アスタロト、と呼べばいいのかな」


 紅月はアスタロトの槍に手を翳すと語り掛ける。


“どうして、私のことを知ってるの?それに・・・・・・私の声、聞こえてる?”


「ああ、俺は大災害の時にキミと会っている。個人的にはキミの幸福を祈りたい気持ちも多少はあってね。信頼できるパートナーを得たようで何よりだ」


“ま、まあ・・・・・・バッチリ信頼してるけど。会ってるって私は・・・・・・”


「その認識は間違っていない。ずっとアスタロトは大災害前から主の中にいたはずだ。だから、俺が会ったのはキミであってキミじゃない」


「・・・・・・お前、何を知ってるんだ?」


 妙なことを言い出した柊に対して、楓人とカンナは二人共に何を言っているのかを理解できない状況だ。

 その反応に対して紅月はそうだろうと言いたげに首肯を挟んで再び口を開く。


「俺を納得させたなら続きを語ろう。つまり、一つ賭けをしようか」


 そして、静かに柊はアスタロトに関する情報を渡す条件を提示した。

 まるで黒の騎士を試すことに意味を見出しているかのように、淡々とした中にわずかな愉悦と期待を滲ませる。

 先程、力を見たいと言っていた彼との戦いになるのは状況から見て明白だった。


「そちらの消耗を考慮して一瞬で決着がつく賭けにしよう。烏間を戦闘不能に追い込んだ一撃を撃ってこい。それで俺がわずかでも負傷すればキミの勝ちでいい」


「大した自信じゃねーか。俺達がそう簡単に負けると思ったら大間違いだぞ」


「黒の騎士ならば、この賭けが成立する可能性があると評価しているつもりだ。遠慮なく撃ってくるがいい。感じているはずだ、俺がその程度で死ぬかどうか」


 紅月の言う通り、楓人も目の前の男が異様な雰囲気を持っていることはとっくに悟っていた。

 きっと全力で戦っても勝てるとは言えない、今までに出会ったことがない程に強大な壁だと変異者としての本能が叫んでいる。

 以前に紅月に明璃が出会った際に恐怖に似た感情を覚えたように、楓人もまた敵の持つ強大な力に対して最大限の警戒を払っていた。


“・・・・・・あの人、凄く強いよ。勝てるかは分からないかも”


「ああ、そうだろうな。それぐらいは俺にもわかる」


 もうカンナと楓人から会話する意思が消えたので紅月にもカンナの声は聞こえてはいないだろう。

 どちらにせよ、アスタロトの情報は必ずここで聞き出したい。


 もう一発放てる程に力も回復しているのでカンナの負担も大分軽減されるはずだと、楓人は手にした刃を剣に変えた。


 正面から挑めば防がれる可能性が大きく、純粋な速度で相手を制するのが最も賭けに勝てる可能性が高い方法だと判断したのだ。

 不思議と相手を殺しかねない状況への恐怖が薄かったのは、敵の力量を悟る本能によるものかもしれない。


 そして、漆黒の騎士は身を沈めて力を解放する準備を整えた。


「・・・・・・行くぞ、ちゃんと構えろよ」


「心配は無用だ、全て受けよう」


 楓人は紅の力を使いこなした烏間をも打倒するに至った一撃を解放し、極限を駆け抜ける。



 ―――黒剣戦型フォルムブレード完全開放フルバースト



 その発動の前に柊の口が自身の力の名を唱えたのを見ながら、楓人は力の源を注ぎ込んで全力でアクセルを踏み込んだ。

 極限まで加速した三つの斬撃は正真正銘、黒の騎士が放つ攻撃の中では最速だと言い切れる切り札だった。


 それは、誰であろうと例外でなく切り裂く刃のはずだ。


「はっ・・・・・・はぁッ!!」


 三つの軌道を描き切った途端に強い頭痛が襲ってきて、全身が急激に重くなる。

 今回は三秒よりも少し時間もかかったが、紅月が賭けという形を取ったお陰で敵による阻害を懸念すべき切り札も簡単に放つことが出来た。

 失敗すれば消耗が加速するので、普段は序盤から使うことはほぼない。


 刃は手応えをはっきりと手に伝え、地面を割って砂埃を巻き上げた。


「手応えアリだな。死ぬような相手じゃなかったけど、多少は効いてるだろ」


“楓人、多分……完璧に防がれちゃってる”


「防がれた……?まさか―――」


 見えたのは紅の装甲を纏った右腕と紅の眩い輝きだ。


 それは砂埃を晴らすと同時に掻き消えたが、そこには全く影響のない様子で紅月柊が超然とした雰囲気を放ったままで立っていた。

 敵が無傷であるという状況を目の当たりにして、さすがの楓人も目前の光景が信じられずに立ち尽くすしかない。


 この男はあの刹那に放たれた連撃を全て受け切ったというのか。


「速度は十分だが、対して威力は少し不足しているな。それでも、俺以外の変異者なら勝負は決まっていただろう」


 紅の王が言葉に滲ませるのは純粋な賞賛でもあり、言葉の内容に反して自らの力を誇る色は見えなかった。

 単純に今の攻撃に関する正確な分析と、客観的に見て黒の騎士を紅月が上回った事実を語っているだけなのだ。

 この男が速度に着いてこれない前提で選んだ手段ではあったが、ここは別の完全開放フルバーストに頼る考え方もあったのではないか。


 それでも勝てる保証は全くないが、結果も少しは変わっていたかもしれない。


 だが、そこで紅月は一つだけため息を吐いた。


「しかし、今回だけはキミの勝ちでいい。約束通りアスタロトに関して俺が知っていることは話すと約束しよう」


「・・・・・・どう見ても俺の負けじゃないのか?」


「どんなに小さくても傷は傷だ。俺を傷付けたのは誇っていい」


 目の前に掲げた右手の指先には一筋の小さな切り傷が出来ており、ほんのわずかに血が滲んでいた。

 日常生活で例えるならば少しカッターで切った程度の小さな傷だが、勝負は傷の有無しか設定されていなかったはずだ。

 誤魔化そうと思えばできただろうが、恐らくは紅月のプライドがそんな勝利を望まずに傷の存在を明らかにした。


 勝敗を言えば確実に楓人は負けていたが、試合では勝ちを手にしたことになる。


 この結果には納得がいくはずもないが、小さなプライドは曲げてでも得るべき貴重な情報源なのは間違いなかった。

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