第136話:知る者

 変異者については未だに全てが判明はしていない。

 互いに素性も知らず、命を奪える武器を持っている中で信じ合うのが簡単にいかないことは理解できている。


 だが、それでも利害を超えた信頼関係は存在する。


 カンナ達とは言わずもがな、楓人がエンプレス・ロアのメンバーに出したメッセージに対して全員から答えを聞いた。

 味方の死を悼みながらも、彼らは誰一人としてコミュニティーを抜けようとはしなかったのだ。

 彗に任せていたとはいえ彼らには出来る限りの報酬は約束し、今後の目指す先も共有していた。


 だが、彼らが抜けない理由は共通すると彗は言っていた。


 黒の騎士がいたずらに人の命を奪わずに自らが戦い続けた事実を彼らは認めてくれていたのだ。

 加えてレギオン・レイドとの同盟で楓人の理想は現実的ではないかと改めて彼らに思わせた。


 そして、彼らはその理想を信じてくれたのだ。


 自分達も戦うと言った者も多い中で楓人は彼らには情報収集を任せた。

 今のコミュニティーの中枢は強力な変異者であり、このメンバーで動く方が柔軟な対応ができる。

 それでもメンバー達が楓人を、黒の騎士を信頼してくれるから戦えるのだ。


 だから、烏間のように疑惑と探求に命を捧げる生き方とは相容れない。


「さあ、どうする。俺はここで終わるならそれでもいい。殺すか生かすか、選ぶのは君だ」


 烏間は歪んだままで、黒の騎士の選択にすら好奇心を覗かせる。


 これから同様の人種と出会ったらその度に殺すわけにもいかないが、他人を意図的に暴走させる烏間だけは見逃すわけにはいかない。

 例え、それが矛盾を抱えた選択だとしても烏間の命を背負って生きていく。


「・・・・・・謝るべきじゃないんだろうな」


「ああ、謝る必要はないさ。俺が君でも殺す選択をするだろうよ」


 この男の命を奪って強い決意を以て進んでいくしかない。

 犠牲が皆無とは行かない以上は、いつかはこういう時が来るのは解り切っていた。




 だが、それらは烏間の命を背負えればの話だ。




 烏間は何もしていないし、誰が救援に来たわけでもない。

 それでも、その場には異変が起きていた。



 ―――烏間の胸から、紅の刃が生えていた。



 背後に立った何者かが烏間の胸を手にした紅刃で貫いているのが見えた。


「が、はッ……こう……づき……ッ!!」


 口の中で溢れ返る鮮血を吐き出しながらも烏間は胸を突き破る刃を引き抜こうと手を伸ばして足掻く。

 変異者であろうと不死ではなく、胸を刃が突き破れば例外はなく致命傷だ。

 もう烏間は絶対に助からない、と目の前の光景が示していた。


 凍り付くような目を向け、見下してさえいるような声で紅掛かった髪の男は烏間に声を叩き付ける。


「大した生命力だが、俺にはお前を活かしておく理由がない。お前はあまりにも殺しすぎた」


「く・・・・・・そ、がッ!!」


「自身の命を救う機会をお前は手放した。利用すると決めれば犯罪者を炙り出すにはもってこいだった。大いに役立ってくれて感謝するよ」


 紅の刃を握る、紅月と呼ばれた男の目には微塵も憐憫の感情はなかった。

 命を奪う相手の重みを背負う気もなく、ただ必要ないと切り捨てた冷徹さがその瞳の奥に表れていた。


「・・・・・・こい、つは・・・・・・大災害のッ!!」


 烏間は最後の力を振り絞って楓人へと何かを伝えようとする。

 だが、残されたわずかな力も既に限界だった。


 力を失った烏丸から男はずるりと刃を引き抜くと、具現器アバターであろう紅の刃を手元から消滅させた。


「・・・・・・何、してやがんだ。お前はッ!!!!」


 命を奪うと悩み続けて、ようやく決めた。

 その決意がせめて果たされれば、楓人の選択ならば納得した表情を見せていた烏間の命を背負うことが出来たのだ。


 黒の騎士による烏間の死は犯罪を減少させる為に、本来なら許されざる結果を以て大きな意味を持つはずだった。


 そして、その死を理想に役立てる以上は楓人がその命を背負うべきだったのだ。

 例え自分勝手な思い込みだとしても、これ以上は命を奪わない為の力にしなければならなかったのだ。


「何を憤る?君だって烏間を殺そうとしていたはずだ。むしろキミは彼の死の重みを背負わなくて済み、加減をしかねないキミの代わりに確実に命を奪った。俺なりの思いやりのつもりだよ」


 穏やかかつ冷静な表情のままで紅の髪をした男は、血液を床に広げていく烏間の遺体を見下ろした。


「彼とて本来は死ぬべき人間ではなかった。輪廻転生を信じるわけではないが、次があるなら幸福であるように祈ろう」


「・・・・・・お前がスカーレット・フォースのリーダーだな?」


「もう知れたことかな。紅月柊こうづき しゅう、キミの言う通りスカーレット・フォースを創ったのは俺だ」


 怒りで血が上った頭を深呼吸を繰り返して必死に落ち着ける。

 ここで激情に身を任せて襲い掛かるのは、危険極まりない相手であることは明璃の報告からも情報は得ていた。


「烏間に力を貸しておいて利用していたのか?」


「何者も信じない烏間でも俺の助力だけは信じざるを得なかったようだ。彼が己の生き方を見直す機会を与えたが、上手くいかずに命を奪う他になかった。無条件で死ぬべき人間などこの世界では少数だろう」


「俺にはそのやり方を責められない。ただ、気に入るやり方でもないな」


 烏間の命を奪ったこと自体には個人的な感情はあれど、機会を与えたという言葉が事実ならそれを責めることはできない。

 だが、烏間を欺いて最後にはあっさりと殺したことは納得していない。


「だが、烏間のおかげで犯罪者達を炙り出すことができた。後はそれらを順に潰すだけで間違いなく蒼葉市内の犯罪は減るはずだ」


「・・・・・・・・・」


 烏間の死によって犯罪者を減らす方法に反論は出来なかった。

 過程は違えど、結果的に見ればやっている事は楓人と何も変わらないのだから。


「冷静で何よりだ。俺が今日、ここに来たのは烏間を殺すのもそうだが・・・・・・同時に黒の騎士の力を試しに来たんだ」


「俺の力……だと?」


「どうやら、彼女は元気にしているようだね」


 表情を和らげると紅月柊こうづき しゅうは楓人を見ていないかのように視線を装甲そのものに向けた。

 この男は何かを知っていると嫌な予感が全身を駆け抜ける。


「・・・・・・彼女?」


「知らないはずはないだろう、キミがアスタロトと呼んでいる少女のことだ」


 誰も知らないはずの秘密を当たり前のことのように彼は口にするが、それを知っている者と対峙するのは楓人にとっても初めてのことだった。

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