第134話:決着へ



 一見すれば漆黒の風を一時的に展開し、毒を封殺しながら安全に決着をつけるのが最良の方法に思える。


 果たしてその結論は安易なものではないのか、と烏間の使える物は使う戦い方を思い返すと躊躇いが結論を阻む。

 これこそが烏間の狙いなのだと分かっていればいるほど、行動に二の足を踏ませて更なる攻撃能力の低下を招くように誘導してくる。


 一瞬の読み合いで勝負しても勝てる確証はない、そこまでは理解したので念の為に相棒へと声を掛けておく。


“お前は大丈夫か?傷付けちまって悪かったな”


“これぐらいなら全然大丈夫っ!!それより、行くしかないよね”


“さすが相棒、話が早いな”


 二人が選択した道は茨の道に見えて、今までに切り開いてきた道だ。


黒剣、戦型フォルム、ブレード———ッ!!」


 この均衡状態を打破するには前進あるのみだと直感的に判断し、迷いなき一歩で烏間へ肉薄していく。

 序盤は様子を見ていたのはこちらも同じこと、加えて烏間が想定しているのは漆黒の風を展開してからの慎重な攻め手だろう。

 最速を誇る攻撃手段での投げやりにも見える強襲は想定してはいないはず。


「君は・・・・・・もっと慎重な人間だと、思っていたけどね!!」


 この連撃にも今の烏間は辛うじて着いてきた。


 横に薙ぎ、斜めに振り上げ、打ち下ろし、勢いを風で殺して再度の薙ぎ払い。

 目にも止まらぬ連続した斬撃を烏間は的確に自身の装甲と刃を使って捌きながら、反撃の機を慎重にうかがうことで簡単には楓人の黒刃を通さない。

 多少の傷は割り切っていると見えて、腕や脇腹を掠めた際の出血が飛散するが全く意に介する様子もない。

 一撃当てれば勝てる、その勝ち筋を確実に通す為に出血も傷も途中で発生する必要経費でしかないと妥協する。


 どうやら力量は敵が上だと理解した上で黒の騎士への対抗策を講じたらしい。


 ついに小さな傷を割り切ってまで耐えた烏間のヴェレーノの右刃が隙を見て楓人へと唸りを上げて接近する。

 胴を横に薙ぐ切っ先を躱したとしても大きな隙ができると踏んだ、非の打ち所の無い反撃手段だ。

 無難に傷を負わずに逃げるなら、得物で受け切るのが早いと普通なら考える。


 だが、楓人は左腕の肘を上げて真っ向から刃を弾き返した。


 肘の装甲が反動で小さく欠けるが、勢いが乗り切らない内に殴り飛ばした故に被害はカンナに影響が出る程には大きくあるまい。


「そう、来る……か!!」


 烏間の顔が驚きに染まるのを見ながら、楓人はそのまま空間を抉り取るように剣先を突き出す。

 予定外の回避、リスクが大きい剣型の具現器アバターでの突き、連続した想定外の動作は烏間も計算し切れないと踏んでこちらも多少のリスクは許容する。

 動かしたばかりの右肩を返しで狙った機転も烏間の隙を突くのに一役買った。


 速度自体はまだ楓人が上、このクロスカウンターに対して成す術はない。


 それでも、むざむざと行動不能にされるほど烏間という男は甘くなかった。


 攻撃を左の装甲で逸らす動作は取りつつ、軸足として地面に着けていた右足を強引に曲げて力を抜いたのだ。

 倒れ込むのに近い形で自分から体勢を崩すことで、烏間は決着の未来をわずかに引き延ばすことに成功していた。


 結果、頬を刃は切り裂いて鮮血が噴き出すだけに留まった。


 そして、膝を着く烏間から数メートルの距離を保って楓人は立っていた。


 人を傷付けることを正義とは言えないが、少なくとも行動不能にはしておかなければ大勢の人が死ぬ。

 己の本能で人の死を生み出す者には暴力を以って抑えつけるしかないと、楓人は自分の歪みを自覚しながら具現器エゴを振るう。


「まだ君の方が基礎能力では上回っているか・・・・・・。黒の騎士の伝説もあながち眉唾じゃないな」


 確実に弱りつつあるはずの烏間にはまだ苦笑を浮かべる余裕があった。

 全身に傷を負って血を流そうとも、彼の瞳からは冷静に狂う意思が失われる気配は見られない。


「お前も随分と着いてくるようになったな。その紅い力のせいか?」


「こいつは俺達の力の源だからね。大災害で芽吹いた変異者達はこの火種を宿す器を持って選ばれた人間だけだ」


「・・・・・・烏間、知っているのか?あの日に何が起こったのかを」


「全ては知らないさ。まあ、ある程度の推測は出来るが話す義務はないな」


 情報を吐かせる名目で烏間を生かす理由が出来たと、内心で安堵している自分の弱さを是とするか否とするかに楓人は迷う。


 果たして、この男を活かして誰が喜ぶというのか。


 説得はした、命も奪わなかった、それでも烏間はエンプレス・ロアに牙を剝いて本能こそ珠玉しゅぎょくだと言わんばかりの暴論を是とする。

 活かしておけば大きな火種になると知れているが、それでも楓人は人を殺すことで解決することに嫌悪を覚えていた。

 渡に聞かれれば一喝されかねない唾棄すべき甘さだろうが、迷わずに人を殺せる男には出来ればなりたくなかったのだ。


 ――それでも、世界を変えるには覚悟は必要だ。


 まずはこの男と純然たる決着をつける。


「ようやく甘さを捨てる気になったか。それでいい、それでこそ君をここで殺す甲斐がある」


 烏間は毒の霧を全身に纏い、黒の風と同様に全身を守る淀んだ加護とする。

 触れるだけでも影響が出るであろう濃厚な毒の奔流を前にして楓人は剣を構え直して異議を唱える。


 この男との決着は今回で着けなければならない。


“ここで終わらせようぜ。力を貸してくれ”


“うん・・・・・・。あの人は、絶対止めなきゃダメだよね”


 一際、深い黒に染まった風が楓人を鼓舞するかのごとく舞い踊る。

 奇しくも似た形に帰着を見出し、毒を障壁と化して纏う烏間へ向かって楓人は風を全身に巻き起こすと疾駆した。

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