第133話:リーダーVSリーダー

「きな臭いとは思ってはいたが、お前は何者だ?ただの変異者ってわけじゃねえだろうが」


「ただの変異者だよ。キミと同じ・・・・・・ね」


 先程の射殺すような視線は影を潜め、再び冷静かつ温厚な態度で応じると男は難なく爪を弾き返す。


 生身でこれだけの芸当が出来る人間を渡は他に知らないし、自分でさえ到底及ばない者などいるはずがないと思っていた。

 だが、この男が変異者の未来にさえ関わるであろう情報を抱えているのが確かな限りは退くことは出来ない。

 それこそ、変異者の覚醒に関する情報や大災害の日に何があったのかを知っていてもおかしくはないだろう。


「渡、キミの実力は十分に知っているつもりだ。指導者としての器量も評価している。変異者の未来の為にもキミと争うつもりはない」


「百歩譲って西形の身柄はくれてやる。代わりにお前が持っている大災害の情報を全て渡せ。そうすりゃ退いてやってもいい」


 本来ならば正体の知れない男に暴走が解けているとはいえ、重犯罪者である西形を渡すのは愚策でしかない。

 だが、スカーレッド・フォースのメンバーからはこの男がリーダーである裏付けは取れているし、烏間のような事件に発展する可能性も低いと見ている。

 それよりも渡はこの男が抱えている情報に最大の価値を見出したのだ。


「それをキミが知るのはまだ早いよ。どうしてもと言うならば仕方がない、力尽くで往くとしよう」


 事も無げに告げる言葉の裏には絶対的な力に裏付けされた自信が満ちている。

 渡が西形を渡してもいいと譲歩したのは交渉のテーブルに男を着かせる為でもあり、裏を返せば紅の王と正面から戦えばただでは済まないことを本能的に察している証明でもあった。


「さすがに全力のキミを相手に素手は分が悪いな。具現器これを使うのは久しいが安心していい。殺すことも必要以上に傷付けることもしない」


「・・・・・・ちっ!!」


 襲い掛かる獣の王を前に、紅の王はその名を口にする。



「———踏破せよ、アーク」



 その決着には、多くの時間は必要としなかった。


 ただ、響くのは凄まじい轟音だけだった。




 ―――その轟音を聞き、黒の騎士は紫色の光沢を放つ凶刃と対峙していた。



 根源の力とやらで大幅に増した烏間の身体能力は、前回は着いてこれなかった動きにもあっさりと対応してくる。

 生死を問わなければ打倒する手が幾つかあった前回と違って、今回ばかりはそう計算通りに行ってはくれない。

 前回は毒の霧への対策不足だったが、今回は漆黒の風を濃く防御に回しているので毒は無事に遮断できている。


 だが、それ故に黒の騎士は万全の状態では戦えない。


 エネルギー源である黒風を攻撃や補助に回せないことによる攻撃力の低下は明らかで、破壊力の減少は相手の戦いにも余裕を生む。

 余裕があれば策を練る隙も出てしまう、良くない流れを作り出しているのも烏間の計算の内だろう。


「どうやら今なら伝説相手でも十分に戦えるようだ、俺は運がいい」


「白々しい奴だな・・・・・・。随分と準備してきたように見えるぞ」


 槍による一撃を見舞うも、左の手甲で槍を逸らした敵は逆に右装甲から生成された刃を叩き込んでくる。

 烏間とて唯から負ったらしい傷が完治していない弱みも抱えているはずだ。

 その証拠に右を繰り出す動きにやや違和感があり、どこまで持続するかも怪しい紅色の力の性質的にも長期戦になれば確実に影響が出てくるだろう。


 要するにこの戦いは短期決戦に持ち込んだ上で、自分の手札を有効に活かした方が勝つ奇妙な戦いになりつつある。


 総合力ではまだ楓人が勝るが、今の烏間相手に制限された状況下で短期決戦を実現するには戦い方にも変化を持たせる必要が出てくる。

 しかし、変化と言う意味ではアスタロトに勝る具現器はそうない。


「行け、鎖縛変型フォルムチェイン・・・・・・ッ!!」


 情報にない形で先手を打って烏間を捕縛する手っ取り早い手段を選択してアスタロトを変化させる。


 攻撃かと警戒して回避させた杭が地面に突き刺さり、そこから伸びる漆黒の鎖が敵を捕らえるべくその身を投げ出す。

 だが、その奇襲を烏間は避けられないと判断して瞬時に方針を切り替えた。


おかせ、ヴェレーノ・・・・・・!!」


 ごぽりと周囲に紫の毒々しい霧が零れ出して周囲をその身で包んでいく。

 視界を遮断しつつ繰り出された反撃に正面から突き進むのは危険だと判断し、楓人も閉口して背後へと離脱せざるを得なかった。

 そして、回避を行いながらも烏間の速度を計算した上で反撃を警戒してアスタロトを対応力の高い槍形に戻す。


 ――その刹那。


 予測を超えた速度とタイミングで紫刃が降ってきた。


 反応はしていたものの、的確に隙を突かれて槍の柄で止めに行くしかなかった。

 その力も烏間は予測を超え、柄を弾いてそのまま左肩の装甲に刃が食い込んで甲高い金属音を残す。


「今ので左腕は持って行ったと思ったんだが、よく避けたと言っておくよ。だが、傷は付けられることは証明した。十分な収穫だ」


 卓越した防御力を持つアスタロトの装甲には大きなものではないが切り傷が刻まれているのが見える。

 体を捻って何とか回避はしたものの、予想外の速度のせいで完全に躱すことは出来ずに具現器アバターの一刀を貰ってしまった結果だ。

 表面を覆うことで主を護る風でさえ、一点に集中した毒の浸食で突破した一撃は次に貰えばアスタロトの装甲をも完全に破りかねない。


「今までは全力じゃなかったのかよ。相変わらず化かし合いが好きみたいだな」


「正直、防戦一方だったからね。全力で仕掛けられる隙を作れただけのことだ」


 烏間は口の端を吊り上げて嗤うと再び左右の具現器アバターを構える。

 今まで黒の騎士は状況的に窮地に陥ることがあったとしても、漆黒の装甲を烏間が突破できないことを確信していた。

 その事実があったからこそ、元々の変異者の能力としても勝る楓人は更なる優位性を持って戦うことが出来ていたのだ。


 恐らくはその優位を無くして楓人の戦い方を狂わせるのが烏間の練っていた策の一つだろう。

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