第123話:討論


「私はさ、人の命を奪うなんてサイテーだって思ってるよ。皆が幸せになれたらすっごくいいと思うし」


 ぽつりぽつりと語り始める唯の言葉に嘘の色はなく、楓人も燐花は続く独白をまずは待つことにした。

 最初から頭ごなしに否定せずに、唯には唯なりの信じる所を聞きたかった。


「でもさ、大災害で色々なものを見て・・・・・・皆がそうじゃないんだって思った。楽しそうに人を殺す人はたくさんいるから。皆が幸せなら、具現器こんなちからもいらないのに」


 ゆっくりと歩みを進めながらも彼女は辛そうに唇を噛んで声を絞り出す。


 その気持ちはきっと心ある変異者なら誰もが抱いたもので、燐花もきっと同じ思いをしたことだろう。

 ある日、唐突にゲームのように魔王も怪物もいない世界で身に過ぎた力が発現したせいで生活が壊れた者もいる。


「・・・・・・俺はこの力のおかげで出会いもあったから、いらないとは言えないが出来ることなら戦いたくないのは一緒だよ」


 楓人が具現器アバターをいらないと言わなかったのは、人間として扱ってはいてもカンナは気にするだろうという配慮でもあった。


「私だってそうだよ。じゃあ、この力を楽しむ人を放っておけばいいの?捕まえた所で反省なんかしない人もいるわけじゃん。どうすればいいの?」


 それはエンプレス・ロアが抱える矛盾を正確に突いた言葉だが、それに対して特に憤る気持ちはなかった。

 人を殺さない世界はあくまでも将来的な目標であって、現段階で人は死ぬ。

 病巣を取り除かねば全体が死滅するのと同じく、排除した方が手っ取り早いのは確かなのだ。


 だが、人が優しくなれる可能性を捨てたくない。


 例え最後は命を奪うことで終わらせなければならないとしても、最初から命を絶つことで解決するのはなしだ。


「犠牲ゼロってわけにはいかないかもしれない。でも、俺は可能な限りは犠牲はなくしたい。だから、少なくとも人形を操ってる方には俺なりメンバーから正面向いて話をするつもりだ」


「・・・・・・私は、可哀想だけど人を何人も殺した相手を許すべきじゃないと思ってる。反省なんかできるぐらいなら最初からしてるよ」


「そいつを今、殺した所で殺された人が返ってくるわけじゃない。許すとかじゃなくて、罪を償うシステムが必要だって言ってるだけだ」


 楓人は口調を荒げず、諭すように唯にエンプレス・ロアの行動理念を改めて話す。


 変異者が関わらない世界でも司法や警察の存在で犯罪者が裁かれることで実際の犯罪はゼロとはいかないが減少しているだろう。

 対して変異者は現実では立証不可能な方法での殺人が出来るので、普通の司法で裁くのは難しいと言えよう。


 だから、変異者の世界にも罰と贖いを行えるシステムが必要なのだ。


“変異者の力を悪用しない”と難しい法律を覚える必要もない簡単なルールだ。

 能力を持て余す変異者の為にも色々と計画は発案している最中である。


 人の命を奪い合うだけでは戦いは完全には終わらないと信じるからこそ、ここで変異者の闘争ごと終わらせる。


「・・・・・・そりゃ、私だって理想はそうだよっ!!でも―――」


「要はあんたらのコミュニティーは罪を犯したら一生許されませんってことでしょ。あたしから言わせれば単に面倒臭いから切り捨てようって聞こえるわよ」


 我慢できなかった燐花が苛立った声を上げ、唯もむっとした顔付きに変化する。


 唯だって人を殺さない世界を望んでいるだろうに、実現不可能だと諦めてしまったのは燐花の言う通りなのかもしれない。

 だが、それを絶対の悪だと断じることは楓人には出来なかった。

 この道を選んで後悔しないかとか、実現不可能じゃないのかと悩み抜いた過去があったからだ。

 色々な考え方があるからこそコミュニティー同士は相容れない場合も多い。


 ―——例えば、主義の違いとしてはこうなる。


 レギオン・レイドは最初から全体の救済は不可能だと断じて自分で創った王国のみの安定を保ち、王国の一員になることを拒む者には救いの手を差し伸べない。


 スカーレット・フォースは聞く限りでは犯した罪ごとに変異者の選別を行って変異者の質そのものを向上させる。


 マッド・ハッカーは人の欲望を完全には抑えずに殺人を管理し、全体の数を減らすことで管理効率を上げる歪な集団だ。


 正義や信念の在処が異なる故に戦いは未だに終わっていない。

 その在り方をどう否定するか、そもそも否定するべきなのかは未だにはっきりとした答えは楓人も出せていない。

 マッド・ハッカーだけは論外でも他は効率だけで見れば一理なくはないが、それを楓人の信念とどう折り合いをつけるかが最大の問題だろう。


 そんな楓人の思考を他所に二人はヒートアップしていく。


「逃げてるとかじゃないってば。そりゃ、私だって好き好んで人殺しなんかするもんですか。でも、それじゃ何も悪くない人が死ぬだけだし!!」


「そもそも殺すとか殺さないとか何様のつもりだって話よ。あたし達みたいな人種はね、運悪きゃ烏間にだってなってたのよ。助ける努力もしないで仕方ないから殺します、じゃ先に何も生まれないでしょーが!!」


「じゃ、何万人も死なせる悪人でも笑って許せって言うわけ?それこそ、おかしいじゃん!!」


「助けられる人もいるって話だし、タダで許せなんて言ってないでしょ。アタマかったいわね、あんた!!」


「あーっ、言っていいことと悪いことあるでしょ!!」


 二人がそれぞれの主張で言い争っているのを見て楓人はため息を吐いた。

 リーダーとしてここは仲裁しなければならないが、自分の意見だけは責任を持って言わねばなるまい。


「二人とも止めろ。ここで言い争って何になるんだ」


「「・・・・・・だって!!」」


 二人してハモると再び睨み合う構図に戻ってしまう。


 二人とも言うべきことはしっかりと言うタイプなのでぶつかればこうなるであろうことは何となく察していたが予想以上に反りが合わないようだ。

 何とか諭すのも役目だとは思うが、今からこの二人の間を取り持つのは中々に難しいだろうと少し頭痛がした。

 ここでスカーレット・フォース及び唯を敵に回した所で何も得はない。

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