第122話:疑惑



 だが、その為には燐花には最後のひと頑張りをして貰う必要があった。


 燐花は少し休めば歩くことも出来たかもしれないが、体力消費を抑えるべき理由がある。


「燐花・・・・・・問題ないか?」


「うん、わかってる。しばらくは大人しくしてるわよ」


 端から見れば体調を気遣う会話にしか見えなかっただろう。

 無論、その気持ちは十分にあるのだが、今は彼女にしかできないことがあった。

 その会話だけでお互いの意図を悟った要因は事前の打ち合わせ以外に、過去に似た状況で交わしたやり取りを思い返すとピンと来るものがあったからだ。


 唯を利用するような作戦ではないが、彼女に知られたくないのも事実だったのでこっそりと意志を交換した。


 後はもう普通に楓人は唯と接していても問題ない。


「・・・・・・でも、何かエンプレス・ロアっていいよね。真剣なんだなってのはわかってるんだけど、仲良さそうだし信頼してるって感じがするから」


 唯はそんな二人の遠慮のないやり取りを見て、少し寂しそうにそう告げる。


 まるでスカーレット・フォースがそうでないと言っているようで楓人は訊ねるかどうかを少しだけ躊躇った。

 情報を得るという意味では聞いておくべきなのだろうが、表情を見ると反射的に“彼女を傷付けることになるのではないか”と考えが浮かんでしまった。


 他のコミュニティーのことなのに、こういう所で気を遣う必要はないとわかっているのだがお節介が性分なので仕方がない。


「・・・・・・そっちはそうじゃないのか?」


「別に仲が悪いってわけじゃないよ。リーダーは指示は出すけど無理にやらせようとしないし話もする。でも・・・・・・多分、エンプレス・ロアみたいなお互いに支え合ってる感じじゃないから」


「リーダーの俺の出来がそこまでよくないだけかもしれないけどな」


 人々の集団の在り方はそれぞれで、人を殺さないというルールさえ守ればとやかく言える権利を楓人は持たない。

 エンプレス・ロアのリーダーとして完璧にこなせるなんて思ってはないが、今の支え合うコミュニティーの在り方は一つの答えではある。


 無論、自身の成長を放棄してメンバーに依存する気はない。


 しかし、楓人が全てを切り盛りする程の器を持っていないのも確かなことであり、支えて貰う代わりに出来ることを必死でやるしかないのだ。


「・・・・・・そんなことないよ。今のコミュニティーに不満があるとかじゃないけど、もし昔に戻れるなら騎士さんのとこも一度は入ってみたかったかもね」


「別に移籍する分には大歓迎だぞ。まあ、そっちが烏間みたいにならない限りは仲良くやっていけるかもな」


「あはっ、ちょっと今は無理かなぁ。今のコミュニティーでやらなきゃいけないこともあるからさ」


 スカーレット・フォースとも今は無理に戦う理由はないので、当面は烏間達に集中できるだろう。

 こうして唯が躊躇いなく共闘したということは、少なくとも相手側にも敵対する意思は今のところはなさそうだ。


 後は、近日中に必ず起こる一つの出来事を待つだけでいい。


 燐花も他のメンバーも本当に頑張ってくれたので、少しの期間だけでも休ませてやろうと思う。

 こうして背負ってやるのもたまにはいいか、と燐花を運びながらも装甲の中で楓人はわずかに微笑んだ。



 だが、その友好的な雰囲気は長くは続かなかった。



 無事にショッピングモールの裏の業務用出口まで避難した時だ。


 和やかな空気さえも漂っていた中で、不意に燐花は思い返したように口調を改めて言葉を発する。

 同時にそれは彼女が役割を終えて発言できるようになったことを示していた。


「ねえ、そういえば空気悪くしちゃうかもしれないけどさ」


「・・・・・・絶対に言わなきゃいけないことなのか?」


「そう、絶対に聞いておかなきゃいけないのよ」


 わざわざ唯相手であろう質問をさせることで関係を壊す意味はなく、その必要性を念の為に問う。

 燐花が望んで空気を壊すとは思えないので言葉通りに大事な話なのだろう。


 そして、燐花は剣呑な雰囲気さえも漂わせて唯へと真っ直ぐに告げた。



「あんた、人形を操ってた奴も烏間も殺そうとしてたわよね?しかも、ほとんど迷いなく・・・・・・ね」



 それは二つのコミュニティーの間に横たわるかもしれない問題だ。


 聞くところによればスカーレット・フォースは平和を求め、エンプレス・ロアと主張は似て無駄な殺人は悪だと定義しているはずだ。

 それが嘘または間違いであるとするならば、どこまで殺人を許容する組織なのかは今後の関係上は極めて重要な話なので燐花の判断は正しい。

 楓人は唯が敵を殺そうとする現場を見ていないが、燐花がこんな冗談を言う性格でないこともよく知っているつもりだ。


「・・・・・・誤魔化してもムダだよね。うん、たぶん・・・・・・わたし、あの二人を邪魔が入らなければ、殺しちゃってた」


 その表情には快楽や自身の力に酔っている様子は全く見られない。


 自分の力を喜ぶどころか、唇を噛み締めて目を伏せる様子からは殺人など許容する人間ではないことは伝わってくる。


 それならば、なぜ殺そうとしたのかは想像に難くない。


 きっとそこにスカーレット・フォースとエンプレス・ロアの明確な違いが潜んでいるのかもしれないと楓人は直感した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る