第124話:布石
「俺は燐花と同じコミュニティーだし、主張は同じだ。でも、唯だって人なんか殺したくないんだろ?」
「・・・・・・そうだって言ってるのに」
拗ねた表情の唯に最後の確認を取ると、楓人はどう話をするべきかを考えながらも口を開いた。
意見を言わずにどちらにもいい顔をして終わればこの場だけは丸く収まるかもしれないが、他人に語れない程度の信念だとは絶対に思われたくない。
「喧嘩を売る気はないし、俺もお前と上手くやっていきたい。だけど、もしそっちが人を殺そうとするなら、俺達は主義に基づいて動くってことだけは忘れないでくれよ」
出来るだけ柔らかい口調を心掛け、それぞれの主張があることだけは理解しておいて貰うしかない。
「うん、そこは仕方ないよね。騎士さんはホント話がわかる上に優しいからいいなー。お仲間は話通じないのにさ」
「なんですってぇ・・・・・・?」
「おい、さっき止めろって言ったばっかりだろ。お前もあんまり煽るなよ」
「・・・・・・あはっ、ごめんごめん」
「・・・・・・わかったわよ。全く」
燐花は楓人に言われて渋々と矛を収めたが、完全に納得していないようだ。
はっきりとエンプレス・ロアの主張を立てながらもその場を収めることが出来たのは、楓人の特段優れてもいない交渉能力からすれば上出来とも言えよう。
「そいえば、楓人とカンナとツバッキーは無事なの?」
唯が今までは熱弁していたせいで失念していたようだいが、改めて置いてきた三人の心配をしてくる。
“あはは、私も楓人もすっごく無事なんだけどね”
“ははっ、まさか俺達二人が一緒だとは思わないからな”
そんな会話をカンナとこっそり交わしながらも何とかその場を誤魔化す為の言葉を再び考える。
「あいつらは無事に避難している。またいつか会えるだろうよ」
「・・・・・・楓人とカンナはどーせ、あっちでイチャイチャしてんじゃないの?」
燐花が余計なことを言いながらも、この状況を考えて笑いを堪えているのが震えで伝わってくる。これで浅いツボに入る辺り、本当に楽しい人生を送っている。
燐花の笑い上戸な所にも事情はあったりするので特に何も言わないが。
「あ、やっぱり二人ともそういう関係だったんだ。カンナとか、楓人の話してる時に好き好きオーラ出まくってたもんね」
「まだ付き合ってはないわよ。近くで見せつけられるこっちまで恥ずかしくなるくらいだけどね」
「・・・・・・・・・そうだね」
「騎士さん、何か口調が急に固くなってない?」
すっかりカンナにまで聞かれていることを二人とも知らないのに、なぜこういう時だけ息がぴったりなのか。
実はカンナとも会話をしていたので、遥か昔の偉人のように同時の会話が難しかったという身内事情もあった。
“や、やめてぇ、燐花っ!!”
“・・・・・・いや、すげー言いにくいが知ってる”
“こ、ここは知らない感じで行くのが男の子だよね!?”
何にせよ、密かに悶え苦しむカンナを放置しておくのも可哀想なので、上手く話題を逸らそうと思っていた所で唯とのお別れの時間が来た。
外に出ると唯は名残惜し気に笑うと改めて楓人達の前に立つ。
「それじゃ、また元気で会おうね。敵になってないとすっごく嬉しいけど」
「・・・・・・ウチは好き好んで戦い仕掛けたりしないわよ」
「話の内容はともかく、燐花もちょっとだけ楽しかったよ。ありがとね」
「・・・・・・あたしも一ミリくらい楽しかったわよ。それと助かったわ」
無論、人が死ぬ死なないの議論の話ではないことはわかっている。
平和な話題でも二人は何気なく話をしていたし、馬は合わないものの似た者同士という所を活かせれば上手くやっていけるのかもしれない。
どちらも礼儀は通す癖に微妙に発言が素直ではなかった。
「あー、それとさ。改めて楓人達にもよろしくね!!」
悪戯っぽい顔をした唯は楓人を強調した気もするが、問い詰めても逆に不自然であろうことは明らかだった。
そして、最後に意味ありげな言葉を残した唯は去って行く。
「さて、終わったわね。カンナと彗を回収して帰りましょうか」
「ああ、俺も物陰でこいつを解いてから行く。表の入り口付近で会おうぜ」
「了解。それじゃ、先に行ってるわよ」
燐花も変異者だけあって体調は回復し、無事に今宵の戦いは終わりを告げる。
だが、まだやっておかなければならないことは二つあった。
その内一つを終わらせるべく怜司の番号に電話をかけると、準備は首尾よく行ったのか即応答したのでこちらも上手く行った旨を伝えた。
『お疲れ様です、リーダー。こちらも問題ありませんよ』
「燐花は本当に上手くやってくれたな。渡にもよろしく頼む」
屋上ですれ違い様にカンナに渡したものは燐花の手に渡っており、それを上手く使えるようにしてくれたのは彼女の働きだ。
何か、その働きに応えるものを準備しておかねばならないだろう。
おかげで烏間達と戦う為の次への布石は打てたので今は待つだけだ。
―――そして、もう一つ。
メッセージを送っていた先から電話がかかってきたのを見て、躊躇いながらもすぐに取った。
「・・・・・・ああ、わかった。今日の夜八時に家の前まで行くよ」
彼女とも一度は真正面から話をしておかなければ一生後悔する気がしていたから、やはり会って話すことを選択した。
なんて、言ったものの。
一度、亀裂が入った椿希との関係を修復できるかは確実とは言えなかった。
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