第120話:二重具現化
唯の
烏間の増大した力は十分に警戒に値するものだが、攻撃手段を一つ失った程度で万策尽きるほど彼女は容易く打倒されるつもりはない。
過去の経験から幾つか浮かぶ手段から一つを選択して彼女は烏間を見据えた。
新たにこの男が何を出来るようになったか、情報もないので本来なら迂闊には動けないが、仕掛けなければ何も始まらない。
唯が切り札を隠し持っているのは敏い烏間なら、とうに気付いているだろう。
「じゃ、真っ向勝負ってことでいこっか!!」
笑いを唇に乗せた唯は先程より深めに体を沈めて居合に近い体勢を取った。
その先程に躱されたばかりの手段を再び仕掛けようとする敵に対して烏間は怪訝そうな表情を見せた。
確かに烏間のように終始理詰めで考えるタイプではないが、彼女の天性の勘による応用力は時として計算さえも狂わせる。
「今となってはまともに当たるとは思わないが、それでもやるつもりかい?」
「やってみなきゃわかんないし、もしかしたら当たるかもしれないじゃん」
不敵な笑みを浮かべながらも、唯は迷いなく最大の破壊力を準備し始めていた。
「・・・・・・君は
烏間が想定している通りに剣の一撃で防御を誘って、銃撃で追い詰める戦法だろうと察することは出来る。
剣と銃の一瞬の切り替えで揺さぶれば、相手の回避方向を限定して詰み状態を作り出すことは確かに可能かもしれない。
何をすべきかは決まった、後は
「やってみればいいよ。受けられるなら・・・・・・ねッ!!」
その距離を織り込み済みの烏間も後ろに跳ぶことでわずかでも発動を遅らせ、互いに仕掛けるタイミングを敵の呼吸で測る。
そして、セイレーンが鞘としている水面のわずかな震えを見た瞬間。
烏間はあろうことか斜め上へと跳躍して反撃に出た。
先程の攻撃での情報を元に完璧な予測を組み込み、攻撃の軌道を変えられないタイミングを完全に見切って攻勢に出たのは勝負所を見極める非凡な目を持つと言っていい。
状況を加味すると武装を銃に切り替えられるのは、意識を集中させた規格外の一閃を放った後の時間に限られることを一瞬で見抜いたのだ。
それでも唯も無策で真っ向勝負と称したわけではなかった。
水面を揺らしたのは烏間の攻めを誘発する為のただの撒き餌に過ぎない。
「・・・・・・・・・ッ!!」
だが、唯は急に突進を止めて烏間の刃を回避しようと試みる。
予想以上に烏間の斬撃速度が増していて、それを計算すると撃ち直した
故に烏間は己が優位を絶対的と断定して紫刃を敵へと容赦も慈悲もなく振るう。
増した身体能力ならば難敵だろうと捉えられると確信し、刃が振り下ろされて。
―——辛うじて、放たれた銃弾を烏間は躱していた。
「・・・・・・ちっ」
舌打ちする烏間の肩は避け切れなかった銃弾により氷結が始まっていた。
まともに当てられてはいないので微々たる影響かもしれないが、唯ほどの相手との立ち合いでは動きの低下は大きく響く。
どう足掻いても間に合わないはずだった反撃の理由は既に理解させられていた。
「今のも避けられちゃうかー。正直舐めてたかも」
「思ったより頭が回るんだな、君は。正直言うと馬鹿かと思っていた」
「・・・・・・超感じ悪いんだけど」
会心の銃弾を外して、唯はやや不満そうな態度を隠そうともしない。
端から見れば唯は速度を増した烏間の思わぬ反撃で、
しかし、唯が隠した牙がここに来て遺憾なく効果を発揮していた。
あえて少し深く体を沈ませると水面に収めた剣へと添えた左手を体で隠し、その隠れた左手には銃型のセイレーンを前もって具現化していたのだ。
「まさか、剣型と同時使用できたとはね。俺としたことが思考が狭まっていたな」
つまりは
剣による一閃を受ければ終わりだという警戒心を利用して、彼女は右手の剣を囮に左の銃で攻勢を仕掛けたのだ。
直前までは居合からの銃撃の変化で勝負するつもりだったが、それではダメだと彼女の勘が囁いて咄嗟に作戦を変更した。
この剣型と銃型による波状攻撃が天瀬唯の真価であり本来の戦い方だ。
銃をわざわざ安定しにくい片手で扱い切っていたのも、本来ならば逆の手が塞がっているはずだからだ。
この戦法で追い詰めて行けるならば、時間はかかるかもしれないがほぼ確実に烏間を潰せるはずだ。
だが、その時間も十分に短縮できそうだった。
「さーて、そろそろ終わったかな?」
そう背後に向けて言葉を放ち、同時に少女の声がそれに答える。
「もちろん、あたしを舐めんなっての」
そして、唯が一瞥した背後には左右に銃型の
人形達は全て彼女の手によって粉砕されており、まだ性懲りもなく離れた場所から操作していた長髪の男が燐花の視線を受けるとわずかに息を呑む。
どうやら唯に文字通りに殺されかけたのが相当に効いたらしく、人形を操る操作精度も今一つだった。
「実質は二対一か・・・・・・。あまりいい状況じゃないな」
「私一人でもわけないんだけどね。楽できるならそっちのがいいから」
「言ってくれるな。さて、それじゃ・・・・・・退こうか。これ以上はここにいる意味もない」
事も無げに烏間は人形を先程まで操っていた男に世間話でもするような気軽さで語り掛ける。
まるで、ここから離脱することが容易だとでも言うように。
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