第119話:強化
“えっ・・・・・・なんで?”
カンナも不意にかけられた声に呆然とした声を漏らす。
場所を移動する際にも探知を絡めた慎重さを徹底していたので、今までに黒の騎士の正体を暴いた者は存在しなかった。
椿希と接する時も気を付けていたつもりだったが、楓人が人形に関与していることを確信された時点でバレていたのか。
声の感じが変わった程度では誤魔化せない、真剣に楓人に接してくれた昔馴染みだからこそ見抜かれた。
だが、彼女を巻き込みたくない気持ちに変わりはない。
戦う力もない椿希が楓人の力になりたいと願ってくれたとしても戦いにおいては何もできないのだ。
ましてや、戦うことを止めろと言われても楓人は絶対に従えない。
「・・・・・・知らない名前だな、もう行くぞ」
だから、正体を確信されていたとしても白を切るしかない。
例え嘘を見抜かれようが変異者に関わるなという明確な拒絶を言葉に滲ませた。
「・・・・・・待って、って言った・・・・・・じゃないっ」
彼女の目からは雫が零れ落ちて頬を伝う。
それはきっと人知れずに戦っていた楓人に何も気付かなかった自分への怒りと悲しみなのだと瞳に宿った感情を読んだ楓人は唇を噛み締めた。
この六年間は泣かせたことなどなかったはずなのに、ついに涙を零させてしまった罪悪感に胸が締め付けられる。
こんな顔をさせない為に戦っていたのに、知られない為に注意を払っていたはずだったのに。
もう隠し通しても彼女との間に横たわった溝は変わらないだろう。
「俺が誰だろうと、お前はもう絶対に関わるな」
「・・・・・・どう、してッ!!」
心優しい彼女は自分を責めながらも楓人を心から想って泣いてくれている。
その気持ちだけは気を抜くと涙が零れ落ちそうな程に嬉しくて、それでも悲しませたことは辛くて胸の中が滅茶苦茶だった。
「リーダー、そっちは頼んだっすよ。この子は避難させるんで」
見かねた彗が口を挟んで我に返った楓人は首肯を返すと、後ろ髪を引かれる思いでその場から離れる。
彗ならば滅多なことは言わないだろうし、彼女をしっかりと守ってくれる。
だから、胸の感情の奔流を抑え込んで漆黒の伝説は駆ける。
「楓人・・・・・・」
最後に椿希の残した小さな呟きを耳元で鳴る風がかき消した。
―――楓人達に決着がついたことで、行われる戦闘は一つになった。
「惜しかったな、俺の腹を裂くにはもう一歩足りなかった」
じわりと腹から鮮血を滲ませながら烏間は変わらずに笑う。
「・・・・・・へえ、アレ避けるなんてやるじゃん」
唯は仕留めそこなった己の未熟さへの苛立ちで拳を握り締める。
あの一瞬、自分から肉薄することで乾坤一擲の一撃を完璧に決めたはずだった。
だが、烏間は反撃は速度的にも間に合わないはずなのに、わずか一動作で毒の一撃をちらつかせて唯の意識を逸らしたのだ。
同時に回避に専念することで紙一重で、必殺の一閃を薄く胴を裂いた程度の損傷に抑えることに成功した。
唯が
その性質を感知できる唯は敵の
その反動をあえて拡大・転用して勢いの付いた超速の一撃を生み出す。
しかし、使用できる敵との距離制限があり、軌道も直線的故に初動の癖を覚えられれば躱される可能性も出て来る。
つまりは烏間レベルの変異者に軌道を見られれば戦局を大きく変えかねない。
「やっちゃったものは仕方なし、フツーに倒せばいっか!!」
だが、唯という少女は非常に前向きな性格だった。
今の攻防で自分の優位性を確信したが故に、普通に戦っても勝機は十分にあることを本能的に理解していたのだ。
「さすがはあの男の片腕といった所だ。いい動きをするじゃないか」
「そりゃ、どーも・・・・・・ッ!!」
唯は呼吸を入れ替えると瓦礫を蹴り飛ばし、空を裂いて一撃を見舞う。
驚異的なのはその流麗で無駄のない一閃の精度と速度、敵の防御の隙間を縫って正確に描かれる軌道が隙の見えた箇所を幾度となく打ち据えた。
烏間の武装は防御に向いた形状を活かし、毒を利用した反撃を行う戦法に特化した
唯とて烏間の放つ変異者を侵す毒の危険性は知っていたが、彼女はその戦法に対する明確な対策を有する変異者だった。
「・・・・・・受けるだけでも厄介だね」
「ちょーっと、気付くの遅かったんじゃない?」
烏間が目線を投げた腕の装甲は、透き通った刃の攻撃を受ける度に薄く凍り付いて機能が低下し始めていた。
セイレーンは奇しくも燐花と同じ二つの形態での具現化を可能にする強力な
銃型のイメージを描けば隙を晒す瞬間もあるものの、連射性と攻撃性を備えた射撃ができる。
剣型を振るえば優れた敏捷性を活かした接近戦を活かしながら相手の能力低下を狙うことが可能となる。
打ち合う度に不利になる上に、単純に烏間でさえ及ばない程に唯が変異者として格上だと互いに悟っていた。
しかし、それは烏間が以前のままだった場合の話。
バキン、と氷結された部分が強制的に剥がされて元の紫色の装甲が露わになっていくのを見て唯も眉を
だが、唯が驚きを露わにしたのは唯の具現器に抵抗したことだけではない。
その後に零れ出しているのは淡い紅の光。
「何それ、奥の手ってヤツ?」
「ああ、俺はようやくたどり着いたのさ。
「そういえば・・・・・・ま、今はそんなこと考えてる場合じゃないか」
燐花が人形を相手している今が好機なのは疑いようのない事実だ。
烏間の言葉がスカーレット・フォースのリーダーが言っていたことと重なるとか、その紅の力はリーダーのそれに似ているとか思考を巡らせる暇はない。
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