第117話:変局


 気付けば唯が抜身の刃を下げて立っていた、そう感じたであろう程に馬鹿げた速度と範囲で振るわれた一撃に男は自分の胴に触れて確認したほどだ。


 綺麗に人形達が両断されているにも関わらず全く反応できなかった斬撃速度。

 人形達が中空に跳んで襲い掛かったが故に角度がずれて人形の主は偶然にも守られる形となっていた。


 だが、眼前の敵の目から光が失われない様子を見た唯は、まだ手札があるのではないかと周囲を念の為に警戒した。

 故に彼女の眼は周囲に散らばった地面が割れた欠片を見て、人形を少し倒した程度では解決しないことに気が付く。

 周囲の瓦礫がれきの塊が形を変えて“岩で創られた人形”と表現すべき形状に変化する。

 男が作り出す人型はその全てが一定量の材料さえあれば、具現器アバターのように姿を具現化して手足の如く動かせる。


 だが、人形を操れる最大数があって生み出せる数にも限度があるはずだ。


 具現器アバターと似た原理だとすれば、限度を超えた使役が少なからず脳に負担がかかるのは変異者ならば本能で察する所だ。

 しかし、普通の戦闘をこなす上では滅多に限界を迎えることはなく、無限の人形創造の場合でもなければ意識しすぎる問題でもない。


 蠢く数はざっと二十、彼の自信の源は主として大量の質の高い兵士を操れることにあったのだろう。


「・・・・・・面倒臭いなぁ、もう」



 唯が苛立ちを露わに目を細めた時、それは訪れる。



 人形の何体かが胸を撃ち抜かれて後ろの壁へと飛ばされ、呆然とした唯の頬を緩やかな翠の風が撫でていく。


 十メートル程、離れた場所に一人の少女が立っていた。


 目深にフードを被っており顔はよく見えないが、左右に握られた翠色の輝きを放つ銃型具現器じゅうがたアバターから先程の一撃が放たれたのは唯の目からも明らかだった。


「さてと、ウチのメンバーからは共同戦線ってことで聞いてるけど?」


 少女が不愛想な口調で告げてきて、唯は咄嗟に味方だと判断して首肯を返す。

 エンプレス・ロアのメンバーであろうことはタイミングと言葉から見ても確実だった上、人形を迷いなく攻撃したことでそれを確信できた。


「燐花って呼んでくれればいいわ。とりあえず、よろしく」


「天瀬唯、キモい方の相手はよろしくっ!!」


「・・・・・・えっ、どっち!?」


「人形の方は任せたからっ!!」


 どちらかと燐花は困惑している様子だが、唯は人形達の露払いは任せて正面から敵の壁に真っ直ぐに突っ込んだ。

 相手にするのは正面の二体のみ、振るわれる軌道はただ二つ。

 一時的な機能停止に価値を見出さなくなった唯は、その暇すらも惜しむように人形の足を両断した後に肩を蹴り上げて木偶の王の元へ跳躍を以て肉薄していく。


 男が逃げようとしなかったのは銃を持つ二人相手には、下手に逃げるより人形を壁にしてから退避する機会を伺ったからだ。


 その壁を唯は難なく乗り越えると、背後は最低限の警戒のみで楓人が信頼しているであろう燐花に任せることにした。

 これで唯は敵を生み出している元凶に集中できる環境を得られた。


「く、来るな・・・・・・ッ!!」


 表情を醜く歪めて己の命への危機を振り払おうと叫ぶ。


 変異者としての性質的にも男は自身で戦うべき局面になると非常に脆い。


 人形を操りながら精度を高めることで力を増してきた彼にとっては身体能力など逃げられる程度あれば良いものだった。

 唯と正面から戦う事態になるのは紛れもない悪夢であるはずで、打つ手も持たないこの状況では逃げるしかない。


 絶対に許せない悪を前に、今ここに唯は憐憫の感情を振り切って容赦なく剣を振るおうとして。



 紫色しいろの装甲に阻まれ、セイレーンは火花を散らした。



「ふーん、出て来たんだ」


「そこの彼にはまだ仕事をして欲しいんでね。即刻退くか死ぬかを選ばせてやってもいいけどね」


 毒々しい紫刃を両腕の装甲の先に引っ提げて、烏間謙也からすま けんやはそこに歪んだ笑みと共に立っていた。

 仲間を守るなんて感傷もあるはずがない烏間が、傷も癒え切らぬまま自ら出て来たということはこの男に高い利用価値を見出しているようだ。


「まあ、いいけど・・・・・・容赦は出来ないからね」


「お手柔らかに、というべきかい?」


 身を沈めて再び懐に生まれた水面にセイレーンは剣先から沈んでいく。

 同時に烏間は両の刃を構えて防御の姿勢を取って待ち受ける。

 唯は烏間の能力を知っており対策も準備した上で臨める情報アドバンテージがあり、相性も唯側に有利に傾いていることは承知していた。


 だが、油断のならない男の力量を測るにはそれなりの攻撃手段が必要だった。


 故に唯は仕掛け、烏間はそれに挑む形になる。



 そして、散った鮮血は中空を舞って地面を濡らした。



 ―――同刻、屋上庭園。



「埒が明かないな。これ以上、時間を稼がれるわけにはいかないよな」


 人形達の相手をしていた楓人は決定打の薄さに辟易としていた。

 何体かは倒したものの蹴りだけだと一撃では仕留められず、黒い風は今の状態で使役できる量はわずかなので常に発動も出来ない。

 それでも並みの変異者は一撃で戦闘不能にする楓人の膂力りょりょくを以てしても、ここまで耐えるのは驚異的だ。


 やはり、アスタロトを得た際の力が必要になってくる。


 今回の作戦で動かしているのは燐花だけではなく、こういう時の為に彗を呼んでカンナと合流させることにしていた。

 そろそろ椿希を預けて戻ってくるはずだと楓人は人形達を引き寄せつつも柵まで走ると下の様子を伺った。


 人形達と主が視覚で繋がっている可能性を見て、目立たない場所でアスタロトを呼ばなければならない。


 建物に駆け寄ってきたカンナと視線を合わせ、互いの意志を確認し合うなり楓人は柵を乗り越えて下へと飛び降りた。

 そのまま壁を伝いながら残った黒の風を起動して衝撃を緩和して落下していく。


 ここからなら人形達から見えることはない。


「———来い」


 落下する風と待ち受ける風が今こそ一つになって膨大な力となる。

 黒の騎士の伝説が君臨する為に必要なのは少年と少女の意志、そして一定距離以内に二人が存在していること。


 漆黒の鎧を纏った楓人は暴風めいた風を利用して壁上で切り返すと、再び屋上へと跳躍した。

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