第115話:人形劇
さっきまで広場でコミュニケーションを楽しんでいたように見えた、人間達の様子は豹変して人間ですらなくなっていた。
まるでホログラムで無理やり再現したように人の顔がぶれ、その下からはひび割れた仮面が覗いている。
実際にホログラムを使ってはいないが、推測するに原因となった変異者は認識の阻害を利用してドッペルゲンガーを起こしていた。
連続転落事件の犠牲者は自身の持つ認識の磁場のようなものを言い換えるならばハッキングされて書き換えられていたのだ。
だから、楓人もこの場にいたのを人間達だと認識させられていた。
きっと、学校に以前に現れた偽椿希のように正面からの対話を求められなければ露見もしにくいだろう。
手足には紅の血管のような紅の亀裂が浮かんでおり、まるで以前に渡が烏間との戦いで制圧した暴走済み変異者のように人間らしさを失いかけている。
この元になった人間がどうなったのかを考えると背筋が凍った。
自身のドッペルゲンガーを見た者は殺され、当の椿希も複数の人形に殺されるかもしれない危機に陥っている。
つまり、それが示す事実は一つしかない。
「殺したのか・・・・・・この人達をッ!!」
ここに存在した住人は全員とはいかないかもしれないが、少なくとも何人かは命を奪われているはずだ。
管理局が処理した事故死の中にいるのか、明るみになっていないのかはわからないが、罪のない人が死んでいたという事実が胸を締め付けていく。
そんな歪んだ意志で続ける人形遊びなど容赦なく終わらせるだけだ。
大災害と同じで多くの人が死ぬ狂気を振り撒く敵に遠慮はいらない。
人形達の包囲の中心にはカンナと椿希が立っており、離脱すべき隙をカンナはせわしなく伺っていた。
「行け、カンナッ!!」
だから、一番後ろの人形の頭を強かに蹴り飛ばしながら血路を切り拓く。
楓人の変異者としての身体能力は卓越していて、アスタロトの装甲がなくてもそれなりには戦える。
加えて漆黒の風のごく一部を使役できるので人形達を抑える程度であれば問題はないはずだった。
楓人の右手が指差す先の柵の向こうには薄い林が待ち構えており、その下には護衛役として燐花が待っている。
もしも唯の協力を得られなければ別の手段を取らねばならなかったので、本当に助かったと改めて心の中で感謝する。
何にしてもカンナが使役できる分のわずかな黒い風と身体能力に加えて、燐花の風のフォローがあれば万に一つも椿希に怪我をさせまい。
「ふ、楓人・・・・・・どういうこと?」
「後で全部話すよ。だから、今はカンナ達と逃げろ」
「でも・・・・・・!!」
さすがに以前の経験をしているとはいえ、慣れるものでもないだろう。
椿希の声をあえて心を鬼にして無視すると人形の群れを破壊するべく睨み据える。
その横を椿希を抱えたカンナが駆け抜けて、アイコンタクトで二人は“気を付けて”と意志を交わすと楓人は彼女に打ち合わせしていたものをそっと手渡した。
敏捷な動作で追おうとする人形共を殴り飛ばして止めると、カンナと人形の間に立ち塞がる。
「さて、まずはこいつらを片付けるか・・・・・・」
動きを見る限りは動作性は格段に向上している。
今回は楓人の蹴りの威力を以てしても、一撃で仕留められないのがその証拠だ。
今はアスタロトは使えないが、この程度で躓くわけにはいかない。
楓人は襲い来る人形を見据えて拳を握り締めたのだった。
―――その頃、天瀬唯はショッピングモールを駆ける。
既に異変はモール内に伝播しており、アナウンスでガス漏れが発生したと放送されているが情報伝達があまりにも早すぎる。
何者かの作為的な情報操作の跡を感じると、唯は逃げる人々と逆方向に向かって疾駆していた。
楓人の言う通りだとすれば現場に向かっても遅いだろう。
探すべきは嫌な匂いのする相手、それを探せばこの事件には決着がつく。
全てを楓人に話したわけではないし、唯は全面的にエンプレス・ロアの味方となったのではなかった。
だが、唯とてこの場を収めたいのは同じであり、カンナや椿希と一緒に遊んだ時間は紛れもなく楽しかったのだ。
それにこの状況で“信じるぞ”と言ってくれた男の顔を思い出して唯はくすりと柔らかい笑みを浮かべた。
誰も彼もがお人好し、それ故に唯はこの場は彼らの為に戦うと決めたのだ。
彼女はそう回想する間も周囲に神経の糸を張り巡らせながら走り続ける。
感覚に頼って失敗したこともあるが成功した経験の方が遥かに多かったので唯は自分の勘を疑わずに進む。
不意に、彼女の嗅覚が嫌な匂いを察知した。
どこにいると辺りを見回すと職員達は人々を懸命に誘導している。
その中で一人だけその場を逆行して離脱しようとしている不審な人間がいるのを彼女は見逃さなかった。
屋上と現場に引き付けたと思っているだろうが、唯は目もくれずに避難中の人々の中から違和感を見出そうとした。
先に爆発の場所に向かおうとしたら絶対に不審な男は発見できなかっただろう。
その職員が素早く身を翻して建物の裏側に走った時。
「ねえ、ちょっと待ってよ。こっちの話はまだ終わってないんだよね」
唯はその男の前に先回りして立ち塞がっていた。
楓人が職員に扮していると助言した理由は今になって理解していたが、今までの経験から人形を操るには一定の距離内に本人がいなければならないことに気付いたのかもしれなかった。
そうなれば、紛れるのに最も安全なのは情報を操作できる職員内になる。
ついに追い詰めた、個人的な事情としても信じてくれた楓人の為にも逃がしてやるものかと唯は呼吸を入れ替えた。
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