第114話:仲間として
そして、その異変には楓人ですら気付くのが遅れたのも仕方がなかった。
屋上に突入するには椿希の目に付くかもしれず、唯と一緒にいれば更に不審に思われるのは当然のことだ。
少しばかり扉を開けて外の様子を伺っていたが、人がまばらにいるだけで静かなものだったために突入するには躊躇われた。
二人の雰囲気はかなり打ち解けた様子であり、このまま仲良くなってくれればと陰ながら楓人も祈っていた。
「ツバッキーって変異者じゃないんだよね?でも、カンナが一緒にいるってことは狙われてるのってもしかしてツバッキー?」
「・・・・・・お、おう」
「あー、私のことアホの子だと思ってたね」
「・・・・・・・・・いや、そんなことないぞ」
「ふーんだ。楓人ってこういう時は分かりやすいよね」
何かあった時の為に屋上への階段のすぐ下で待機しているのだが、カンナだけでは敵に気付けるかはやや怪しい。
万全の準備を整えるには敵がここに迫っているか、あるいは付近に隠れているかだけでも今のうちに探っておきたい。
燐花も一度通りに出て屋上を監視しているはずだが、人間の変異者が放つ波長と違うらしい人形相手では探知が効果を発揮するには時間がかかる。
いや、うってつけの人材がここにいるではないか。
彼女が手を貸してくれれば容易にこの事態を打開できるかもしれない。
「唯、お前の力を貸してくれ!!」
ふと、天啓のごとく唯の能力について思い出して、テンションが上がってしまった末に唯の手を咄嗟に握り締める。
「ど、どしたの、いきなり。な、なんか恥ずかしいってば・・・・・・」
「探知に近いことが出来るって言ったよな?その力を使ってくれ」
顔を紅潮させて視線を泳がせる唯に対して、人の命がかかっている中でプライドは捨てて大真面目にお願いしてみる。
唯からすればエンプレス・ロアのリーダーではないということにしてある楓人に力を貸す義理などないかもしれない。
ただ、楓人達を敵だとは考えていないという先程の言葉が本当ならば期待してもいいはずだ。
「・・・・・・今、楓人は私を攻略する最大のチャンスを逃したね」
「攻略て・・・・・・最初からそんなつもりはないんだよなぁ」
「フラグバッキバキだよ!!いくら、私でも手を握られて情熱的に口説かれたらコロッといく可能性もあったのになー。あー、匂いを調べればいいんだっけ?」
どうやら本気で恥じ入った自分が照れ臭かったのか、ブツクサ言いながらも力を提供してくれるようだ。
やると決めたら気持ちよくやる性格らしく、気合を入れ直す唯。
「でも、私も距離が遠いとハッキリ匂いわかんないよ?」
「やるだけやってみて欲しい。あまり使い過ぎるとやばいとかはないよな?」
「別にないからやるけどさ。あんまり期待しないでよね」
目を閉じて扉の向こう側に意識を集中する。
やはり距離が離れると精度が著しく落ちるようで、難しい顔をし始めてから三十秒ほどが経過していた。
だが、遠距離の相手を探るのは本当に向いていないらしく一分と少し経過した所で再び目を開けて自信なさげに呟く。
「多分、変な匂いがするのがたくさんかな。十はいると思うけど数はハッキリしないや、ごめんね・・・・・・」
「いや、十分だ。協力してくれてありがとな。これで敵が少なくとも向こうにいるってことがわかったから」
燐花とカンナに向けて作っておいたメッセージをそれぞれ送って警戒を促すと共に準備をさせておく。
事態は一刻を争うかもしれないと考えて、唯が探知をしている間の時間を無駄にするまいと携帯のメッセージは作成しておいた。
気持ちの準備をしておくかで奇襲に対する対応が全く変わってくるものだ。
―――その、時だった。
ゴウンと遠くで爆発に近い音が聞こえた。
「何だ・・・・・・?」
日常生活で感じられないだろう、明らかに異様な音だったので放っておくわけにもいかない。あれが楓人達を引き寄せる罠という可能性もあるが、決断が遅れれば多くの死を招くだろう。
メンバーと自身がどう動くかをここで咄嗟に判断するのは、リーダーである楓人の役目だ。
逸る気持ちを抑え込んで状況を整理しつつ取るべき行動を考える。
探知が抜けるのは痛いが燐花にあちらに行って貰うしかないかと、改めて指令を出そうとした時だった。
「あっちは私が行くよ。楓人はこっちにいたいでしょ?」
パチンとウインクすると唯は考えを見通したかのように言葉を挟む。
爆音がした辺りには味方もいないので唯が一般人を殺めるなんて事態にならない限りはデメリットはないと言える。
さすがにここまで楓人に協力してくれた彼女が大量殺人を犯すだなんて疑う程には腐っていないつもりだった。
今、楓人はここで標的となっているのが確実である人間を救うのが先決だ。
「わかった、あっちは頼む。でも無理せずに皆を避難させたら逃げてくれ」
本来なら自身で向かいたい程の多くの人命を唯が救ってくれるならば、これ以上に助かることはなかった。
「了解!!結構、楓人って優しいよねー」
「お前を信じるからな。恐らく犯人は職員に扮してるから注意した方がいい。お互い幸運を祈ろうぜ」
「・・・・・・なるほど、オッケー。今は同盟成立ってことで!!」
すっと拳を差し出して笑顔を見せる唯に応え、自分の拳を合わせて笑みを返す。
ショッピングモール側へと駆けていく唯の背中を眺めて、今はスカーレット・フォースに属する彼女を仲間として信じてみることにした。
もうバレるだの言っている場合ではないと屋上のドアを開け放つ。
そこには異様な光景が広がっていた。
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