第113話:恋と友情
―――同刻、カンナと椿希はカフェで餡蜜に舌鼓を打った後だった。
二人で取り留めのない会話を交わした後にカンナは覚悟を決めたように椿希に申し出た。
「あのね、椿希。今日は一緒に遊びたかったのもそうなんだけど・・・・・・大事な話があるんだ」
「まあ、何となくそんな気がしていたわ」
椿希もようやく二人きりで遊ぼうと言ってきたことに腑に落ちる。
しかし、カンナが本当に仲良くしたいと思って誘ったのも明白なので特に気を悪くしたりはしなかった。
楓人が全幅の信頼を置いているばかりか椿希自身も彼女の人格を疑ったことも悪印象を抱いたこともなかったのだ。
「ここって屋上庭園あったはずだし、そこで話しよっか」
「そうしましょうか。丁度いい機会かもしれないわね」
お互いに何に関する話題なのかは共有できていて、それでも剣呑な雰囲気にならないであろう不思議な安心感は持っている。
それぞれが相手の人格に関しては疑いないと考えているからだった。
そして、二人は屋上へと移動する。
色とりどりの花が植えられた屋上庭園にはあまり人はおらず、恋人同士と思われるカップルが幾人かいるだけだった。
この近隣では大きい商業施設にしては人が少ないが、平日の夕方などこんなものなのかもしれない。
人工芝を踏み締めてベンチに座ると、沈黙が支配しかかるがカンナはそれを破って椿希に話を切り出す。
「あの、さ。もし勘違いだったら悪いんだけど―――」
だが、相手のことを考えるとカンナが考えていた話の先が口から言葉として出てはくれない。
もしも嫌な気持ちにさせてしまったら、深く傷つけることになってしまったら。
遠慮をして欲しくなくて、はっきりさせようと思い立ったはいいもののここに来てしり込みしている自分をカンナは情けなく思った。
「わかってる、楓人のことでしょう?勘違いじゃないわよ」
椿希はそんな人並外れた彼女の人の好さに苦笑しながらも先に話題に触れる。
普通ならば恋愛のライバルとも言える相手をここまで気遣うなど出来はしないだろうが、それがカンナの心優しい所だった。
「・・・・・・あはは、そうだよね」
「ええ、昔からの片想いよ。今でも楓人のことが好きなのは変わらない」
この気持ちを他に自分から告げたのは柳太郎のみだったのだが、カンナには隠さずに話をしておくべきだと思ったのだ。
彼女から向き合おうとしてきたのだから、逃げるのはあまりに失礼だろう。
だが、カンナが告げてきたのは想像の外にあった言葉だった。
「私も楓人のことはその・・・・・・す、好きだよ。だからこそ、私は椿希と本当の友達になりたいの!!」
「・・・・・・えっ?」
ぐいっと身を乗り出すようにして熱を表に押し出したカンナに冷静な椿希も素っ頓狂な声を出してしまう。
多少は込み入った話になるかと覚悟していたのに友達がうんぬんという話になるとはほぼ予想せずにいた。
「椿希さ、仕方ないことなのかもしれないけど私に遠慮してるよね?都合の良いこと言ってるとは思うけど、何というか・・・・・・雑に扱って欲しいんだ」
「どちらにしろ雑にはしないけど・・・・・・。でも、私かカンナのどちらかが楓人に選ばれたら?」
同じ人間を好きになった以上は必ず苦しくなるだろうし、人間である以上はどうして選ばれなかったのかと考えてしまうはずだ。
親交を深めた相手がライバルであるほどに辛いのが恋であろうことは椿希も何となく察する年頃であった。
だから、椿希は楓人への好意が間違いないカンナを恨むような事態になることを無意識に避けていたと言えよう。
本当にいい友達になれそうだから、なれてしまうから。
「恨みっこなしってことじゃダメかな・・・・・・?」
「・・・・・・私はそう簡単に割り切れそうにないわ」
椿希はカンナよりも自分の中にある暗い感情を自覚している。
恋が破れた時の苦しさを想像すると、簡単に割り切って恨みっこなしとはいかないのは間違いない。
でも、誰だっていつしか前に進まねばならない。
カンナだって勇気を出して椿希との関係をこのまま遠慮したままでいたくないと思って正面から話をしに来ている。
それに比べて遠慮していることを当の本人にまで気付かれて嫌な気持ちをさせた自分は何と臆病で情けないことか。
だから、その気持ちには応えて堂々と恋を続けるべきなのだ。
気持ちを伝えられないばかりか、友人とまで中途半端ではいられない。
「・・・・・・でも、カンナとはいい友達になれると思ってる。だから、恨みっこなしで行きましょうか」
椿希の中では彼女とは争いたくない気持ちと負けたくない気持ちが同時に渦巻いている。
だが、それとカンナといい友達になれるかは別の話だろう。
やらないで後悔するよりも正面から向き合って全力で前に進んだ方がいい。
だから、挑むような慈しむような複雑な表情でカンナに応じた。
割り切れはしなくとも正面から向き合おうと決めた、真っ直ぐなカンナ相手だったから決めることが出来た。
「う、うん・・・・・・っ!!」
「でも、恋のライバルを説得しに来るなんてカンナも変わってるわね」
「・・・・・・あはは、これしか思いつかなくて」
花が咲くような笑顔を見せたカンナとくすりと笑って言葉を交わす椿希。
二人の本当の意味での友情はこの瞬間から始まったと言える。
元から気が合うと直感していた二人だったので友情も一度結ばれれば固いものとなるのは自明の理だ。
だが、同時にその場で起こる異変に二人は気付かなかった。
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