第112話:謎の少女-Ⅱ


「まー、そりゃそうか。私ってそっちから見たら得体の知れない美少女だからね」


「美少女かどうかは知らんが、俺をエンプレス・ロアだと確信した理由も聞きたいな。俺が別のコミュニティーの可能性もあったはずだ」


「・・・・・・まあ、いっか。知り合いみたいだし、襲おうとしてるにしては隠れ方もテキトーだったじゃん。それに・・・・・・まあ、匂いとかでも色々わかるから」


 確かに全く納得できない理由ではなかったが、それだけでは弱い上に自分が変異者であると明かしたのは楓人がエンプレス・ロアだと確信していたからだろう。

 だが、最初にストーカー容疑をかけて様子を見たということは楓人の素性が割れているわけではない。


 目の前の少女がやや言い淀んだことから何かを隠していると見ても良さそうだ。


 匂いという言い方をしているが、燐花の探知よりも精度は高いが近距離でしか機能しない分析に近い能力と考えるべきだろう。

 それにしても、楓人がエンプレス・ロアであると探知能力だけで確信できるはずがなかった。


「とにかく、疑われてるみたいだし話せることは話していいって言われてるから。まず名乗らなきゃだよね、わたしは―――」


 思わぬ出会いを果たしたのはカンナと椿希だけではなかった。


 偶然か必然か、その出会いは変化をもたらすものだと楓人は直感していた。



「スカーレット・フォース、天瀬唯。よろしくねっ!!」



 そして、彼女は邪気の微塵もない笑顔で自分の正体を名乗る。

 スカーレット・フォースに関してはこの件が終わったらと思っていたし、明璃が出会った男も白銀の騎士も人形使いを先に止めろと忠告を残していたはずだ。

 もしも忠告を残した紅の髪を持つ男がリーダーだとすれば、人形の事件が解決する前にメンバーを楓人に接触させる意味はないはずだ。


 しかし、ここは得体の知れないコミュニティーの情報を得るいい機会だ。


 カンナと出会ったのは身分を明かす制服を着てゲームセンターにいたことからも偶然の産物だと見て構わない。

 まずは目的を暴くことから始めようと楓人は成すべきことを決定付けた。


「ああ、よろしく。ただ、ウチのリーダーも最近は色々あって過敏になってる。まずは俺に接触してきた目的を教えてくれ。エンプレス・ロアを探してたんだろ?」


 エンプレス・ロアに用件がなければ接触して来る意味はない。

 今ここで戦う意志は全く感じられないので、察するに何か伝えたいことがあるというのが現状で推測できる所か。

 楓人はさりげなくリーダーであることを隠して話を進める。


「邪魔しちゃ悪いし、カンナ達の尾行しながらでもいーよ。わたしのこと怪しいと思うなら監視してた方がよくない?」


「おう、それは助かるな。その道中にじっくりたっぷり聞かせてくれ」


「なーんか言い方が変態っぽいなぁ。カンナにもセクハラしてないよね?」


「・・・・・・・・・してないぞ」


 過去を回想したが故意のセクハラはないと判断した返答を唯は怪しむように見ていたが、とりあえずは場所を移動することにした。


 しばし、二人の間を沈黙が横たわる。


 先程に来ていたカフェへと向かいながら質問すべきことを頭の中で反芻する楓人よりも先に口を開いたのは唯だった。


「初めに言っとくと、私達はエンプレス・ロアとバチコリやり合う気はないから」


「怪我はなかったとはいえ、そっちのリーダーがウチのメンバーとやり合ったのはどういうことだ?」


「私もはっきり聞いてはいないんだけど、人形のヒトを泳がせなきゃ事件が解決しないって言ってたよ」


「・・・・・・解決しない?」


 話に聞いた相手がリーダーであることを証明する手はなかったが、これで正体をある程度は明確にさせることができた。

 それにしても唯の先程の発言には大いに引っ掛かる所がある。


 解決しない、ということは背後に何者かがいるということに他ならない。


 それならば、関わっているのは想定はしていたとはいえマッド・ハッカーの烏間の可能性が高い。


「烏間のこと、言う前にわかっちゃった感じかな?リーダーからはもしもエンプレス・ロアに出会ったら、今わかってることは教えちゃえって。近々、必ず出会うって言ってたけど早かったね」


「そんなことをして何か得でもあるのか?」


「だから、敵だと思ってないんだってば。リーダーも事件は解決するって言ってたし、人手は多い方がいいじゃん。カンナ達と会えたのは超偶然だったけどね!!」


 悪意の全くない笑顔で唯は楓人の隣を歩いていく。

 スカーレット・フォースには強力な変異者がいると既に判明していて、唯も恐らくは相当なレベルの変異者であることは想像に難くない。

 だが、時に背中すらも晒す無防備さを見ていると警戒のしすぎも逆に疲れるだけだと思えてきてしまう。


 本当に楓人達の味方だとすれば心強い限りだが、まだ唯達を信用できない最大の理由に回答が得られていなかった。


「それなら、どうして烏間達に力を貸したんだ?」


「・・・・・・意味なき殺人を止める為、ってリーダーが言ってた。わたしは烏間は嫌いだし、今は同盟関係も真っ白だけどね」


 わずかに目を伏せてそう告げる唯の表情に宿った陰りからは嘘の匂いとは違った感情が見え隠れしていた。

 だが、それを読み取る前に唯は今まで通りの底抜けに明るい笑顔を取り戻す。


 何にせよ、唯の言うことが事実ならばスカーレット・フォースは何かを確かめる為にあの場で烏間に死んでもらっては困ると考えたということだ。



 今回の唯との会話だけで現段階でも十分な収穫があった。



 スカーレット・フォースには少なくとも目的があって動いている。

 リーダーは明璃が交戦した男で烏間が背後にいることを教える為に唯を接触させたようだが、なぜ楓人をエンプレス・ロアと断定できたかは不明である。



 ―――結論、完全に信じることは出来ないが今は椿希の護衛を優先すべきだ。



 思惑は読み切れなくとも今すぐに危害を加えて来る相手ではなさそうだった。

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