第106話:護衛任務
「個人的な傷の恨みも大いにあるさ。だが、それ以上に黒の騎士は俺とは最も相容れない種族だ。彼は進化を否定し、俺は肯定する。これほど合わない二人もいないんじゃないかな」
おどけた調子で肩を竦めるくすんだ金髪の男をもう一人の男は納得したように視線をやって首肯を返した。
烏間は人が超常の力を得て変化して他人と食い合うことを進化と呼び、黒の騎士はそれを悪と呼ぶ。
「食物連鎖の果てに進化するのは生き物の通り道だ。増してや、下手な兵器よりよほど強力な力を俺達は持ってる。本能を抑えて暮らせという方が無理だろう」
「・・・・・・成程、そういうことか。確かに合わない二人だ」
「だが、黒の騎士の在り方には徐々に共感する者も出て来ている。彼は人の変化を否定し得るわずかな可能性を持っているんだ」
このまま烏間は人の進化の瞬間に立ち会いたいと望むが、黒の騎士の方針には従う者も増え始めており以前よりも陰で起こっていた犯罪も間違いなく減少している。
本能を乗り越えるなど出来るはずがない、と思いつつも烏間がそれを否定しきれない相手が一人だけいたのだ。
故に、進化を閉ざす可能性はいらない。
黒の騎士の躍進に寄与する可能性があるレギオン・レイドの渡を同時に呼び出したのも、あわよくば殺せればと思っていたのだがそうもいかなかった。
「世間的に見たら僕たちは完全に悪だろうな」
「歴史では人を殺した数で英雄になった者もいる。要は変化を絶対的なものに出来るかどうかだ。結果的に上手く行けば掌を返すのが人間という生き物の浅ましさだ。さて、雑談はここまでにするか」
烏間は立ち上がると男を見下ろす形になって、今までの持論を展開していた時の熱の入った様子は綺麗に消え失せていた。
「エンプレス・ロアのことは君に任せる。狙いは・・・・・・まずは一人だ。その為にお膳立てをしたんだから」
「・・・・・・ああ、わかってる」
陰気な男も立ち上がるとビジネスホテルの一室を後にする。
烏間からは表情が見えなくなってから男は安堵と高揚を同時に覚えていた。
安堵は烏間を敵に回さないと判断した自分へのもので、高揚はこれから力を得てコントロールまで習得した自分がどれだけの力を手に入れたのか。
男にとって自分の手を汚さない人形劇はただのゲームに過ぎず、己の力を明確に感じられる人生でも初めての経験をしている時期なのだ。
伝説として語られる黒の騎士を倒せば、自分が誰よりも優れていると証明できるかもしれない。
そんな歪んだ高揚と共に男は次の目的地へと歩き続けた。
―――椿希を護衛するには一応の名目が必要だ。
本人に不審がられて嫌がられては護衛も難しくなるので、アドバイスはしたもののカンナのコミュニケーション能力に後は託された。
椿希も体調は回復して普段通りに生活を送っている。
「椿希、今日って時間ある?」
「ええ、あるけど・・・・・・部活のこと?」
「ううん、良かったら二人でたまには寄り道したいなって思ったんだけど忙しいかな?」
カンナの申し出に椿希は少しだけきょとんとした顔をした。
今までカンナと椿希は普通に会話をしてきたし決して仲も悪くないが、どちらかと言えば椿希の方に妙な遠慮があるように思えていた。
だから、二人でと条件を指定してきたのを不審に思うのは当然だったがカンナは笑顔のままで全く焦る様子を迷う様子もない。
「ええ、いいわよ。たまには二人もいいわね」
だが、その悪意を微塵も感じないカンナの表情と日頃の行いで悪いようにはされないだろうと判断したようだ。
そして、仲良くしたいオーラ全開のカンナを心優しい椿希が邪険できるはずがなかった。
「やった!!私、椿希とはスキンシップが足りないなって思ってたから」
「それ、多分使い方間違ってるけど・・・・・・それじゃ、放課後に声かけるわね」
二人の交渉は無事に終了してカンナはこっそりとピースしながら女子グループの輪に戻っていく。
今回の仕事はカンナに任せて正解だったと思いながらも、楓人はため息と共にまずは一つだけ肩の荷を下ろした気分だった。
椿希が学校に来た時に早退について触れられないように必死に柳太郎を説き伏せて、陽奈にも協力して貰って何とか工作に成功した。
無理はあるが本当に体調が悪くて何も覚えていないようだと噂を流し、椿希が学校に来ていたと見間違いをした生徒がいるせいで椿希が一度登校したと思っている人間もいると本人にはそれとなく伝えた。
それでも妙なことはあるだろうが、何とか今の所はボロは出ていない。
そこにも気を遣いながら生活しているので楓人の神経は大根おろしばりにゴリゴリとすり減りつつあった。
「あの二人だけで出かけるって珍しいよなぁ、相性はいいと思うし仲も悪くねーけどさ」
「付き合い自体はそこまで長くないからな。椿希もちょっと遠慮してたみたいだし丁度いい機会だろ」
「・・・・・・まあ、遠慮もするわな」
「・・・・・・意味ありげだな」
柳太郎がその様子を見守りながら言ったことを拾うと、変に納得したような言葉を返されてしまう。
柳太郎の反応から推測すると椿希が遠慮する理由の心当たりが何となくあるような気もするが、ここでははっきりしたことは言えなかった。
何にせよ、護衛は成功したので燐花にも声を掛けて来るとしよう。
探知とおい役割上どうしても燐花の出番は多くなるのは申し訳ないが、こればかりは仕方がないと言うしかない。
渡している手当てを少し楓人の分から載せているのと、隙を見ては休ませたりもしているつもりだがメンバーの扱いにはまだ気を配ることも多かった。
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