第107話:共有


 その後に情報伝達は早い方がいいと、わざわざ階が違う燐花のクラスまでやってきた。たまには昼休みに他のクラスに遊びに行く気まぐれは許されるだろう。

 ついでにあまり確認してこなかった燐花の生活をここで見ておこう。


「話し中のとこ悪いんだけど燐花呼んでくれない?」


 教室を覗くと手前に顔見知りの女子がいたので声を掛ける。

 昨年は同じクラスだったし席替えで隣になったこともあったので親交自体はそれなりにあった。

 その甲斐あってか向こうの反応も気安い物だった。


「あ、真島じゃん。菱川さんに何か用?」


「いや、だってあいつ寝てるし。別のクラス入って寝てる女子起こすって普通に考えて気まずすぎるだろ」


 当の燐花は昼になったのにも気づかずに能天気に授業を寝て過ごしていた。

 頭自体は決して悪いわけではないのだが、エンプレス・ロア内で学内順位が最も低い所以はこういう所にあるようだ。


「えー、私だって強引に起こせるほど絡みあるわけじゃないよ」


 燐花は友達がいないわけではないが、真っ直ぐな性格や言い方を苦手としている人間も一部ではいると小耳に挟んだことはあった。


「大丈夫、鉛筆かなんかで突けば起きるから」


「扱い雑だなー。もぅ、仕方ないなぁ・・・・・・」


 知人の女子はため息を吐きながらも恐る恐る燐花を起こしに行ってくれて、燐花は盛大にビクンと震わせた後に起きる。

 ついでに起き上がった後にヨダレをハンカチで拭くコンボまで披露している。


 そのテンプレ染みた寝起きを見て楓人は笑いを堪えるのが大変だった。


 こういうお約束を逃さないのも普段からお笑いに興じている成果なのかもしれない、と密かに思ったりもしたが恐らく関係ないだろう。


「な、何か用?部活のこととかじゃないの?」


 燐花はその様子を見られていたのを察して、少し気恥ずかしそうに眼を逸らしながら楓人の所までやってきた。


「まあ、そんなとこだ。飯でも一緒に食おうぜ。あ、さっきはありがとな」


 燐花と話す傍らでわざわざ起こしに行ってくれた知人にお礼を言っておくと、大丈夫と言いたげに笑って手を挙げて返された。

 燐花はコミュニティーの話だと察したようで、すぐに財布を取ってきて楓人と一緒に教室を出る。


 一階の端にある購買部で二人分の食事を購入し、どこか人気がなくて座れる所を探し歩くと無人の屋上に行き着いた。


 屋上は一時はバドミントン部の活動場所だったが今は体育館を与えられたので役割が何もない場所だ。

 端にコートとしての名残りがあるベンチが二つ置いてあるが、風情もあまりない場所なので食事に使う人間はほぼいなかった。


「別に食事一緒にしなくても、いつも通りメッセージくれれば良かったじゃない。まあ、別にいいけど」


「そういや、お前と二人で飯食ったことないなって思ってな」


「あたしを口説くのはいいけど、そこまでチョロくないつもりよ」


「お前を口説き落とすつもりなら、もっとお洒落な場所を選んでるよ」


 二人とも色気の欠片もない軽口を叩き合いながらベンチに並んで腰かけて購入してきたパンを頬張る。

 燐花とはそういう恋愛的な空気になったことはほぼないと言ってよかった。

 ただ、同じコミュニティーのメンバーなのでたまにはこうして作戦会議ついでに昼餉を共にするのも悪くなかろうと気まぐれを起こしただけの話である。

 そういう関係になるような間柄でもないし、お互いに男女というよりは仲間意識の方が大きいのは共通認識のはずだ。


「それで、あたしに話って何?大体のとこは察しが付くけどね」


「お前・・・・・・よく食うな。俺と同じぐらい食ってるし」


「う、うるさいわね。人の栄養補給に口出しするんじゃないわよ」


 ジャムパンやら何やらを複数購入していた燐花に突っ込むと柔らかいグラタンパイで殴られそうになる。

 燐花にはたらふく食べて、たくさん笑って幸せな人生を送って欲しいものだ。


「そういえば、今日カンナは連れて来なかったの?」


「あいつは椿希含めた女友達グループと食事行ったよ。学校じゃ心配ないと思うけど念の為に護衛させてる」


「カンナがいないせいで、あたしと楓人で周りに勘違いされたら本気で否定しとくからね」


「俺も否定しとくよ。それはさておき大事な先に話だけ済ませとくか」


 燐花と二人で話をする形にしたのは気まぐれ以外にも今日の放課後の詳細な打ち合わせを行う為でもあった。

 怜司とは作戦会議は終わっているものの、燐花には正式な形で話を行っていないので昼にゆっくりと話をしようかと思ったのだ。

 役割を考えると燐花も詳細に作戦を把握していて貰わないと困る。


「今日の放課後、俺とお前で二人を尾行する。その前にもう一度だけ探知で出来ることを確認しておくぞ」


 燐花の探知は基本的には変異者が具現器アバターを持っている状態か、発動後の一定時間しか探知は出来ない。

 そんなことが出来るのならば人の中に紛れている変異者をとっくに見つけて事件は解決している。

 そして、十分ではあるが普段通りに探知を使っても精々が一キロ程度までしか探れないのだ。


 だが、その特性以外にも今回の人形相手は特殊な条件が加わってくる。


 例えば人形の探知自体は出来るが、あまり数が多いと彼女の感覚が狂わされてしばらくは精度が落ちる可能性があること。

 そして、その中に混じっている人間の気配を正確に抽出するには余程、意識を集中しないとまず無理であること。


「つまり、もし今回襲撃があって人形が大量に出て来た場合は、俺が変異者を探し出すしかないってことだ」


「前回で少し慣れたから・・・・・・そうね、十分前後くれれば大分変わると思う」


「あるいは三百メートル付近で南西方向に逃げていく人間が変異者だから追ってくれっていうのは出来るよな?」


「それならいつもの応用で出来るわね。具体的に反応を教えてくれれば意識をそっちにだけ集中して追うのはやれそうよ」


 探知という感覚は楓人にはわからないが、テレビでよく見かける温度を色で表すシステムのように変異者は赤に似た色でぼんやりとイメージできるようだ。

 地図を見ながら指示を出すときは頭の中でイメージ出来ている色を地図に当てはめてやっているが、距離の把握もあって凄まじい集中力が必要である。

 勉強の成績自体は振るわない燐花だが、こういう独特の勘を使った空間把握に関してはむしろ非凡なものがあった。

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