第105話:狂える美学

「人にも色々あるってことか。俺にもお前にも。烏間を倒すまでは仲良くやろうぜ。こっちはその後もレギオン・レイドと戦う理由はないけどな」


「・・・・・・お前といつまでも馴れ合うつもりもねえ。だが、手を組むと言った以上は義理は果たしてやる。お前と決着をつけるのはその後だ」


 渡はほぼ間違いなくレギオン・レイドとエンプレス・ロアの全面抗争は避けたいのだと、今までの付き合いの中で何となくわかった。

 渡なりに自分に着いて来る人間が作り上げた一種の王国には愛着がある様子で、傘下の人間が傷付くのは決して良しとはしない。

 外部の人間には時に命を奪うことさえ躊躇わない半面、案外と身内と定めた人間に対して情に脆い所があるのは何となく察していた。


 だからこそ、決して命を奪うとは言わなかった。


 互いに余計な血を見るのを嫌う性分なのに全面抗争をすれば大事にもなり、必ず傷ついたり死ぬ人間は出てしまう。


「俺とお前だけ・・・・・・少なくともメンバー全員で戦うことはないって認識でいいんだよな?」


「お前の話が早い所は嫌いじゃねえな。この戦いが終わったら本気で潰しに行く。それまでくたばるんじゃねえぞ」


「当たり前だろ、お前こそ死ぬなよ」


 このタイミングで渡があえて将来的に敵対するかもしれない旨を言い出したのには理由があると楓人は推察していた。

 そこで先程の恵を楓人の下で一時的に働かせることに繋がってくる。

 渡は部下の恵を使う上であくまでも外部の人間として使えと忠告しつつ、不器用なりに激励を送っているつもりなのだ。


「・・・・・・お前、結構いいヤツだよな」


「気色悪いこと言ってんじゃねえよ。とにかく、明日以降は恵は好きに使え。後であいつから報告は聞くから俺に用件がある時だけ連絡して来い。こっちも暇じゃないからな」


 舌打ちしかねない不愛想な声が返ってくるが、渡なりの一種の照れ隠しなのだと見透かせる程度の付き合いはしてきた。

 時に厳しさを見せる渡は人によっては畏怖の対象だろうが、道理は通しつつ時に人情を覗かせる所がリーダーとして慕われる所以でもある。


 レギオン・レイドの情報収集や動き出しが早いのも渡や恵の的確な指示もあるだろうがメンバーのモチベーションが高い証拠だった。


 そういう意味ではリーダーシップを持ちながらも厳しさと配慮を使い分けられる渡は理想的なリーダー像の一つで、楓人からすれば羨ましく感じる所さえあった。


 結局、その日は今後の方針だけ確認し合って定期連絡を終えたのだった。




 ―――だが、その陰で闇は動き出していた。




 蒼葉市内のビジネスホテルの一室には二人の男の姿はあった。


 一人は楓人と渡が追跡している当の本人である烏間だった。

 その右腕には痛々しい包帯が巻かれており、万全でなかったとはいえ黒の騎士によって至近距離からの漆黒の嵐を喰らった傷は変異者の回復力があっても簡単に癒えるものではなかった。


「君を新しい同志と認めてやろう、歓迎しようじゃないか」


 烏間の目の前にいる目付きが鋭く、痩せ型の男の黒髪は肩にかかる長さだった。


 身だしなみ自体はビジネスカジュアルに近い雰囲気の服を着こなしているが、それでもきっちりとした印象は不思議とない。

 決して明るい性格ではなさそうな風貌の中に、目だけはしっかりとした力と輝きを持っていた。


「人形遊びは楽しかったかい?」


「楽しいに決まってる。僕の思い通りに事が進むのは快感以外の何物でもない」


 一見すると気弱そうな男の瞳に暗い狂気がわずかに灯る。


 男にとっては自らの力を振るえる環境は心地よく、周囲から評価されずに色褪せた人生の中で輝きをようやく見出したのだ。

 まるで神から授けられた力のようだ、と男は言う。

 人の紛いものさえも作り出せるようになった彼の力は使い道を見出そうとすれば枚挙に暇がないほどに有用だと自覚していた。

 人を従える才覚のある烏間が自分を評価したのも優越感に浸れる要素でしかない。


「俺との約束を守ってくれるなら、後は好きにしてくれ。君の本能から来る快楽は君だけのものだ」


「・・・・・・そうさせてもらう。僕は手に入れたんだ、他人を見返せる力を」


 静かに呻くように答えた男を烏間はまるで慈しむような目を向けたっきり再びソファーに身を落ち着けた。

 何も持っていなかった人間が強大な力を手に入れて、力に呑まれる様に見るべきものを見出していたからだ。


「俺はさ、人の本能を見るのがたまらなく好きなんだ」


 唇を緩めると向かいのソファーに腰かける男に向かってそう言い放った。

 烏間という男は人が死ぬこと自体は特に何も思うことはないが、彼に言わせれば彼なりの美学に近いものが存在している。

 それに従って目的を果たすことが最も烏間が生を感じる瞬間でもあった。


「・・・・・・自分を手を下すのは好きじゃないと?」


「別に俺だって年中人を殺すわけじゃない。人がどこまで狂えるのか、その結果どうなるのかを見たい。興味があるんだよ、色々なことにね」


 烏間は渡が見破った通りに快楽主義者であるが知識欲に関しては人一倍強い。

 あの時に黒の騎士達に役割分担することで世界が平和になるという持論を語ったのは完全な嘘ではない。

 殺人を容認する彼であっても、全員が惨たらしく死ぬ未来を想像してはいない。


 法を管理する正義と殺人を管理する邪悪、それが共存する社会もきっと面白くなるだろうと彼は夢想した。


 故にあの申し出は烏間の本心でもあったが、決裂することは当然ながら織り込み済みだったのだ。

 その上で黒の騎士が殺せればベストだったが、そうも行かずに用意しておいた協力者の力を借りて離脱する羽目になってしまった。


「狂ってるな、あんた」


「君に言われたくはないよ。俺はただ知りたいだけさ、何もかもをね。そして、人の本能を読み解くことが真の平和に繋がるのだから一石二鳥だと思わないか?」


 烏間なりに変異者の世界への持論は持っており、変異者の数を減らさねばならないと黒の騎士達に告げたことに関しては嘘ではなかった。

 人は本能に溺れ、狂い、時に乗り越える輝きを糧に進化すると彼は本気で信じていて、その本能の輝きに知識欲が共に満たされる狂人の一面を備えていた。


「そういえば、エンプレス・ロアに関してはどうするつもりだ?なぜ奴等に固執する?」


 人形使いの男が訊ねると烏間は一つ頷いてその答えを示した。

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