第104話:傷跡


 そして、方針が決定した所で二階の自室に戻った楓人は渡と定期連絡を取ることにした。


 今回の内容は同盟を結んでいる相手には報告しておくべきだと判断したのと渡の見解も聞いておく方が確実だと思った。

 渡はレギオン・レイドが今までに集めた情報も持っているし、怜司とは違った嗅覚と冷静な判断力を持つ頼れる男だ。


『俺だ、何か進展でもあったか?』


 わずか三コール程で渡は通話に出るなり訊ねてくる。


「ああ、あくまで推測なんだが―――」


 そして、事の顛末を渡に話はしたがドッペルゲンガーが出現した場所が蒼葉北高校であることは伏せて、黒の騎士の素性に繋がる情報はぼかして話を進めた。

 渡は同盟相手としての義理も十分に果たしてくれているばかりか人員まで貸してくれる懐の広さを見せているので信用は出来る。

 だが、あくまでも他のコミュニティーである以上は黒の騎士の正体までは知られるべきではないだろう。


『はっ、実行犯が一人か・・・・・・。事件の内容から見ても十分に有り得る話だ。まあ、完全にお前狙いっつーわけだ。人気者は辛れぇな』


 渡は楓人をからかうような口調で軽口を叩く。


 さすがに渡はレギオン・レイドという一組織を築いた頭の切れる男だけあって理解も推測の早さも並みではなかった。

 まだ楓人は怜司の見解に軽く触れただけだったのに、敵が黒の騎士を狙ってきていることも一瞬で見破った。

 怜司達とは違ってドッペルゲンガーの調査ばかりをしていたのに話を聞いただけで核心に触れることが出来るのは紛れもなく非凡と言わざるを得ない。


「そういうことだ。だから、俺達はドッペルゲンガーに擬態されていた人間を護衛に当たる。レギオン・レイド側からは今まで通りに監視を続けて欲しい。ただ、一つだけ頼みがある」


 今回はスカイタワーだったが、その周辺で再び事件が起こらないとは限らない。

 だから、人員が多く割けて情報収集に慣れたメンバーの多いレギオン・レイドと手を組んでいる優位性は存分に活かしたい。


『言ってみろ。今回の事件はお前らと手を組んだ義理もあるが、ウチとしても放置もできねえからな。恵を動かせるようにはしてある』


「・・・・・・頼む必要がなくなったな」


 さすがに話の早い男で自身の謂わば副官的な立場で、人を動かせる恵を送ることであらゆる場合で咄嗟の対応が出来るようになる。

 そして、以前に人形の件について話をしてあったので物質を操れる恵を動かすことで今回の敵との相性の良さを活かせると考えたのだろう。

 それだけ恵のことを渡は口は悪いものの信頼しているということなのだ。


「そういえば渡と恵さんの付き合いって長いのか?」


 ふと、一見するとアンバランスだが信頼関係を感じる二人について気になってダメ元で訊ねてみる。


『一応は古い付き合いだが……次に行動を共にしたのは病院だった。まあ、どいつもこいつも大災害で何かしら失ってる。俺やお前だってきっとそうだろうが』


「・・・・・・そうだな。俺も親や近所の仲良かった人や友達を失ってるよ」


『俺も似たようなもんだ。あの日から俺達も含めて変異者は湧いてきやがった。神頼みも他人頼みも通じねえ、それでも生きていくには自分で何とかするしかなかったっつーことだ』


 ため息と共に渡はわずかな哀愁を言葉の端に滲ませて、珍しく楓人に己のことを感情を乗せて語っていた。

 それは別のコミュニティーのリーダーという立場同士でありながら、楓人が渡に信頼されたという証明に他ならない。

 渡も楓人と同様に何かを失って“自分の手で世界を変えるしかない”と考え、二人は根本にあるものに関してはよく似ている。


 不思議と渡と気が合うのも共通点があるからなのかもしれない。


『そういえば恵の話だったか。詳しくは俺から話すことじゃねぇが・・・・・・あいつは親に化け物と恐れられながら大災害で大きな傷を負った母親の面倒を見続けた。今は回復して蒼葉市からは離れたから恵は自由にやれてるんだがな』


「いいのか?俺にそんなことを勝手に話して」


『お前らと一番行動を共にするからな。少しはあいつのことも知っておいた方が上手くやれるだろう』


 変異者としての力を制御しきれずに化け物扱いされる例は珍しいことではない。

 面倒を見続けられるほど近しい肉親に恐れられて、それでも手を貸さなければ生活が難しい状態だったことだろう。


 その話にエンプレス・ロア内で最も当て嵌るのは燐花だ。


 彼女も変異者としての力を扱いきれずに両親との関係を失った一人だった。

 生きているだけマシとも取れなくはないが、燐花と両親の関係は金銭とたまに電話で連絡するだけで成り立っていると聞いたことがある。

 あの年齢でマンションを借りて一人暮らししているのもそれが原因だ。


 恵や燐花と同様に多くの変異者は心や肉体に傷を持っている者がほとんどだ。


 ある日、強大な力を与えられて自分に恐れる者や陶酔する者が急増したことで世界は収拾がつかなくなった。

 不思議と若い世代の間で変異者として覚醒する現象が起こって、具現器アバターと呼ばれる力を振るう人間が現れたからだ。

 未だに何が起こったせいで変異者の急増が発生したのかは謎である。

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