第103話:智謀
思えば、人形を創り出していたのは周囲の物質の形態変化によるものだった。
それを楓人は人形を創り出す能力だと錯覚していたが、想像力を働かせれば物質の見た目や性質を変化させることが出来る能力と考えることもできる。
そして、怜司が最初に指摘したのは以前にスカイタワーから少し離れた場所で起こった同時転落事件の内容についてだった。
人が同時刻に別のビルから転落して、三人中の二人が死亡した事件だ。
「この事件の始まりからして妙でした。同時刻に複数の場所で人が突き落とされる。それは普通の犯罪ではあり得ません。しかし、その衝撃的かつ独特な犯行に我々は別の変異者が動き出したと思わされました」
「変だとは感じてたけど、いきなり一人で全部やったとは思えないよな」
「そして、人形の事件についてです。転落事件とは別の所で人形の噂を流したのは我々をおびき出す為ですが、先程の発言の通り敵は変異者が別々に活動していると装いました。ですが、本当に敵の実行犯が二人なら小細工をする必要があるでしょうか?」
人形の噂は調べてみると思ったよりも多方面に広がっており、噂には不自然な点も幾つかあった。
敵からすれば、エンプレス・ロアだけが変異者に繋がる都市伝説を噂にするだけで確実に釣れるのだ。
つまりは黒の騎士を標的にしたもので、現に楓人が現れた瞬間に噂ではほぼ無害であるはずの人形が襲撃してきた事実がそれを証明している。
もしも、敵の実行犯が二人いるならば一人を表立って動かして、二人目が陰で動く方が確実に成果を上げられるだろう。
仮に敵が三人以上いてもそれは変わらず、同盟を組んでいるレギオン・レイドを意識したとなれば猶更に一人が注意を惹き付けた方がもう一人以上は楽になる。
だが、あえて誇示した事実を考慮すると一つの疑念が浮かび上がってくる。
「敵の実行犯は一人だからこそ、戦力の分散を狙ったのでしょう。この推察を証明するにはリーダーの話にあった、不審な係員の素性を管理局から得ることですね」
「ああ、それについては明日にでも連絡が来るはずだ。それにしても一人の可能性が高いか・・・・・・」
これから犯人に繋がりそうな椿希には護衛を付けるが、敵が一人ならば人形とドッペルゲンガーの能力を扱える前提で戦う。
襲ってくるかわからない能力を警戒するよりも相当にやり易い上に、一人を捕えれば実行犯は他にいないと知っていた方が楽だ。
真実が判明するに越したことはなく、これからの心構えという意味でも怜司の推測がもたらすものは大きい。
「同時転落事件では恐らくは人形を使ったのですね。同時刻に別の場所で犯罪を行うならばそれが最も簡単です」
被害者で生き残った者は背中を押されたと言っていたので実体のあるモノに突き落とされたのは間違いなかった。
あの人形を別の姿に変えるか、別の姿に見せられるなら容易に可能だ。
ただ、怜司の意見を聞いてもなお引っ掛かっていることがある。
「お前の意見はきっと正しいと思う。でも、それならバレる危険性があるのに学校に潜入してきた理由がわからない。結局、偽物の椿希が現れなきゃ俺達はドッペルゲンガーに人員を割かざるを得なかったはずだ」
記憶も持たずに学校に入り込んだのはあまりに危険だし、椿希の監視中に玄関先で本物の椿希が母親と話した体調不良の事を聞いて学校で入れ替わろうと思い付いたと推測自体は成立する。
だが、そんなことをして何の収穫があったというのか。
結局はこうして違和感を覚える原因にもなって椿希を狙っているだろうことまでバレている。
言い方は悪いが余計なことをしたとしか言いようがない。
いや、仮にバレることさえ織り込み済みだったとすれば話は変わってくるか。
「そうですね、ただこちらのみが優位に立ったと思うのは危険でしょう。恐らく―――」
そして、怜司は考えている敵の深い思惑と対策を楓人に忌憚なく述べる。
その読みの鋭さはさすがに楓人の参謀たる所以の頭脳を示すもので、普段は楓人の考えた方針を調整する役回りの怜司が今回は積極的に献策していた。
それだけ今回の敵は予断を許さない程に早く犠牲を出すかもしれないと彼なりに危機感を覚えているに違いない。
こうして全体の方針は怜司のおかげで決まったが、椿希の件をどう対応するかは今ここで考えねばならなかった。
「当面の対策だが狙われている可能性が高い椿希には護衛を付ける。護衛に当たるのはカンナに頼む予定だ。怜司はどう思う?」
「良い人選だと思います。特に異論はありません」
怜司も頷いたように楓人が自ら護衛に当たるのはあまり良い状況ではない。
黒の騎士の正体が知られるのはコミュニティーにとっても大打撃である。
椿希の周りに急に男が護衛を始めれば、尾行している者がいた場合は黒の騎士だと疑うはずだ。
だから、椿希と接するのは身体能力に優れていて同性の友人であるカンナが良いだろうと考えた。
カンナと椿希の近くには当然ながら楓人も控えるつもりなので、いざとなればアスタロトが使える。
無論、この理由だけはカンナ以外には言えないことである。
「了解、頑張って椿希のこと守るからっ!!」
さっきまで少し離れた場所で黙って話の成り行きを見守っていたカンナが気合いを入れるように拳を握る。
楓人と怜司が方針を決める時の話し合いは二人で議論を交わす方が早いことはメンバーの誰もが理解していた。
カンナもこういう時は自分が役に立てないと思っているのか、空気を読んで遠巻きに話を聞くだけになることが多かった。
それはさておき護衛に関しては基本的にはカンナにお願いするが、時々は楓人や燐花も交代で行う事にした。
理由づけに関してはその都度、護衛対象の椿希にあまり不審がられないように幾つか考えておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます