第102話:看破
それから取り留めのない話を交わしたが、椿希の体調に差し障ってはと三人は早めに引き上げることにした。
元気が出たのなら夜に電話でも何でもしてこいと言い残して楓人達は椿希の部屋を辞した。
病気の時は不安になるものなので寂しくなった時は遠慮なく電話なりメールなりすればいいと思ってお節介を焼いたのだ。
成長していたつもりになっていたが根っこにある楓人のお節介癖は完全には変わらないようだった。
だが、階段を下って玄関まで辿り着いた時に楓人は足を止めた。
「悪い、ちょっと先に外に出てくれるか?少しだけ椿希に話がある」
「おう、あんまり長話すんなよ。あいつも休ませてやった方がいいんだからよ」
「わかってる。聞きたいことがあるだけだから」
柳太郎は何を話すかは気になっていたようだが、楓人の表情が真剣なのを見て何も聞かずにカンナを連れて外へ出た。
こういう所の気遣いは本当に助かるし、柳太郎らしい所でもあった。
二人が外へ出たのを確認して楓人は一人で二階にある椿希の部屋へと戻っていく。
気のせいならばそれでいいし、単に引っ掛かっていた内容を確かめに行くだけだ。
思えば違和感はしばらく前から続いていたのだ。
「・・・・・・楓人?忘れ物でもしたの?」
椿希は怪訝そうな顔で体を起こして楓人に目線をやった。
これはもしかしたら考え過ぎた結果の妄想なのかもしれないが、聞かないで帰れば後悔する気がしたのだ。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。椿希、お前―――」
勘違いだと判明するのが一番だったし、椿希にこんな疑うようなことを本当なら聞きたくもない。
「———今日、学校来たか?」
それが引っ掛かりの正体で椿希に確認すべき内容だった。
もし、この返答が楓人の予想通りだとすれば。
「行ってないわよ。家の外までは出たけど、お母さんに止められたわ」
感じていた違和感が一気に押し寄せてきて、楓人はわずかな間だけ取り繕うべき言葉を忘れてその場に立ち竦んでいた。
さっきの椿希との会話でも、妙だと感じる点は幾つもあった。
椿希の様子が変だったと言った柳太郎に対し、当の椿希が明らかに怪訝そうな顔をしていたのは、自分の様子を自覚していなかったからではない。
そもそも学校に行っていないのに、会ったかのような口振りで話をされたからだ。
担任に連絡を入れて休んだと言っていたのも、最初から学校に行っていない事実を示唆している。
雑談の間には学校の話題も出たが、よく思い返してみれば初めて聞いたようなリアクションを見せていたようだ。
柳太郎が学校にいた椿希に言及するのを避けていたこと、短時間の会話のみで切り上げたので偶然にも話が食い違うことがなかったのだ。
柳太郎が体調が悪い様子の彼女を弄る無神経でなかったことが逆に作用したのだった。
夢にも思わないだろう、椿希があの瞬間に二人存在したなんて。
「何だ、気のせいか。お前らしい人影を見かけた気がしたからな。無理して出歩いたのかと思ってさ」
「大丈夫よ、今日はずっと家にいたから」
取り繕った楓人の言葉に登校を明確に否定する言葉が返ってくる。
そうなれば、学校にいた椿希は何者なのか。
椿希が二人いた事実を念頭に置くと、学校にいた椿希は明らかに偽物だった。
やけに口調が淡泊で不愛想だったのも、自分の席に着くのが最後だったのも、休み時間に席を外していたのも椿希の記憶を持たないが故にボロが出るのを恐れたからではないのか。
すぐに帰ることにしたのも、学校に入り込んだ目的を達したからではないのか。
この瞬間に話をしている椿希は母親や楓人達が接しても微塵も違和感がない本物だろうし、偽物ならば登校したことを否定する必要がない。
自分と同じ姿を見た者が転落死した、不可解な事件を思い出す。
つまり、犯人が狙いを定めているのは椿希という可能性が出てきてしまう。
「・・・・・・じゃあな。また明日来てもいいか?」
「ええ、その・・・・・・待ってるわ。明日も行けないと思うから」
照れながらもそう言って笑う椿希を見て、楓人は知らず知らずに拳を強く握り締めていた。
絶対にやらせるものか、楓人の全てを賭けてでも椿希は守ってみせる。
そして、一度は夏澄家を離れるも傘下のコミュニティーから動ける人員を募って椿希の家の近くを見回りして貰った。
その間に楓人はカフェへと戻って参謀に今回の件を相談することにした。
「成程、厄介ですね。まさかここまで入り込んでくるとは想定外です」
怜司は静かに楓人とカンナからの話を聞き、洗い物を一旦中止すると椅子に腰かけて考え込む。
楓人も今回の事で浮かんで来た推測はあるが、怜司の方がこういう時は真実に近い結論を提示できると話を持ち込んだ。
「ああ、だからお前の意見を聞きたい。椿希が顔を見られたとすれば間違いなくスカイタワーだ。そこからマークされてたってことは・・・・・・」
「二人の変異者はやはり組んでいたとも考えられる。ですが、もう一つの可能性が残っています。私はむしろこちらが真実に近いと思いますが」
「もう一つの可能性?まさか―――」
怜司は首肯を以て応じると衝撃的かつ発想からして異なる言葉を続けた。
「元から二つの事件の実行犯は一人だったのですよ」
その言葉には実際に人形の事件には関わっている楓人も言われてみればと頷ける点があった。
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