第98話:兆候-Ⅱ
「椿希の奴、絶対無理してんだろ」
休み時間、今は席を外している椿希の席を一瞥して柳太郎がぼやいた。
様子を気にしていると時々は動きが止まっていたり、ぼーっとしていた時間が明らかに多かったのが目に見えてわかった。
上の空に見えた彼女の様子を柳太郎なりにずっと気にかけていたようだった。
柳太郎は普段から椿希相手に容赦ない発言も見られるが、本当に傷付く発言のラインはしっかりと見定めている男である。
こう見えて友人への義理とか配慮とかには人一倍、敏感な所があるのだ。
「ああ、ただの授業ならそこまで無理する性格じゃないと思ってたけど何かあるのか?」
「本人に聞いてもあの様子じゃ仕方ねーよなぁ・・・・・・」
楓人には無理してまで登校する理由に心当たりはなかったし、柳太郎も肩を竦めるばかりで何も知らないようだった。
「ね、椿希どうしたの?具合悪いのはわかってるんだけどさ」
そこで以前にも都市伝説関連の情報をくれたギャルの陽奈が話に介入して来る。
心優しい今時ガールである彼女も仲の良い椿希のことを気にかけている様子で、楓人達が最も椿希に関する情報を持っていると当たりを付けたのだろう。
新たなる戦力を得たことで楓人は決意して口を開く。
「・・・・・・よし、帰って休むように説得しよう。柳太郎、鈴木、協力してくれ」
「おっけー、あと陽奈でいいって」
「そうだな。このまま体調を更に崩されても問題ありそうだしよ」
ここは椿希の機嫌を損ねようが友人として説得すべき状況であり、彼女も物分かりは良いので真剣に話をすればわかってくれる可能性も決して低くはないはずだ。
昔馴染みとしても友人としても、ここは一肌脱ぐべき局面で早く元気になって欲しい一心で説得に踏み切った。
普段は健康な椿希であれば、しっかりと休めば体力の回復もそれなりに早いに違いない。
「サンキュー、助かる。よし、椿希が帰ってきたら行くぞ」
だが、どこからかすぐに戻ってきた椿希は支度をすると自ら帰り支度を始めた。
自分の体力が衰えていることを見越してかほとんど持ち物もないので、帰り支度は非常に早い。
だが、そこまで自分のことを把握していながら無理に登校した理由だけは付き合いの最も長い楓人でも皆目見当もつかない。
普段の椿希らしからぬ決断に三人は顔を見合わせて、椿希の元へと向かって話を聞くことにした。
「おい、椿希。止める気は全くないけど帰るのか?」
「・・・・・・ええ、あまり無理するものじゃないし」
声を掛けた楓人にさえ、素っ気ないようにさえ聞こえる返答を寄越す。
何か楓人が彼女にとって悪いことをしたわけでもないのに、今日は機嫌が悪そうに見えるのは気のせいか。
それに機嫌が悪かったとしても周りにそれを悟らせる真似を普段はしないのが椿希という少女の人が良い所だ。
つまりは思った以上に体調が悪い可能性も出て来た。
あるいは、学校内では楓人やコミュニティーのメンバーだけが知っている可能性はもう一つだけある。
「楓人、何か怒らせちゃったん?」
「・・・・・・いや、そんなことはないと思うけど」
陽奈がこっそりと告げて来るが、彼女を傷付けるようなことをした覚えはない。
思い当たる節があるとすれば昨日にスカイタワーで椿希が襲撃された事件のことで、椿希が体調不良以外で上の空だとすれば原因はそれしかない。
あれだけのことがあれば気丈に振る舞ってはいても、家に戻ってから精神的ダメージを受けても不思議ではないのだ。
昨日は普通に受け答えをしていたので、最初は可能性から一旦は排除していたが椿希は体調不良だけでは説明がつかない程に変な気がしていた。
だが、それを椿希に問い質すのはあまりにも危険な行為なので出来ない。
椿希はもう変異者にも黒の騎士にも出会う必要はなく、普通の生活を送って普通の幸せを手にしてくれるだけでいいのだ。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。辛いなら俺も送っていこうか?」
「・・・・・・大丈夫、ありがとう」
「しっかり休めよ。何かあればオレか楓人が飛んでいくからよ」
こくんと一つ頷いて椿希はその日は早退していった。
足取りはしっかりしていたので問題はなさそうだったが、心配なので後で様子は見に行ってやるべきだろう。
最初から最後まで口数は少ないし、上の空の状態が多い変な椿希だった。
「柳太郎、今日空いてればカンナも連れて放課後にお見舞い行こうぜ」
「おう。バイトはあるけど、見舞い行く時間くれー作れるから着いてくよ。陽奈はどうすんだ?」
「アタシも心配だけど・・・・・・あんまり大人数で行っても迷惑だし、明日になっても具合悪そうだったら何か持ってく」
カンナにも声を掛けて三人、迷惑そうだったら早めに帰ることになった。
仲間外れにするのも後で気を悪くするかもしれないと思い、燐花と光には椿希の体調不良の件と今日はクラスのメンバーで行く旨を伝えておく。
特に燐花は後で知ればなぜ誘ってくれなかったのかと言いそうだったので、楓人なりに気は回したつもりだ。
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