第97話:兆候


 結局、まずは人形とドッペルゲンガーを何とかしてから、スカーレット・フォースの調査を入れようということになった。


 白銀の騎士から渡された情報はスカーレット・フォースへ繋がるもので、明璃と交戦した男や白銀の騎士からも優先順序を考えろと言われたのも一理ある。

 まずは人が死ぬ方から対処せざるを得ず、レギオン・レイドや管理局の協力も必要になってくるだろう。


 とにかく情報網を強化して、街に起こる異変を察知するしかない。


 それまでは普段通りに生活を送るという方針を打ち出す他になかった。

 管理局からのスカイタワーの係員に扮していた男の正体もそろそろ割れるだろうし、少し待てば進展はあるはずだ。

 スカイタワーやドッペルゲンガーの調査は並行して行っていくつもりだが、楓人は一つだけ個別で手を打とうと決意していた。


「怜司、土曜日の夜は留守にするから晩飯は冷蔵庫のもの使って好きに食っていいぞ。後、カンナは俺と一緒に来てくれ」


 メンバーを返した後に楓人はカンナ達に前もって伝えておく。


 このまま手をこまねいて人が死ぬのを見るわけにはいかないので、少しばかり別行動を取ってみることにした。

 その為にはカンナは念の為に連れていく方がいいだろうと考えたのだ。


「わかりました。事件についてですか?」


「ああ、情報が得られそうな場所に心当たりがあってな」


 もう人が死んで何も出来なかったことを後悔するのはまっぴらだし、出来ることは今の内にやっておきたい。

 だから、戦う為には危険を冒して情報を獲得しなければならなかった。


「・・・・・・もしかしたら危険かもしれないけどな」


 楓人は不敵に笑うと向かうべき場所に思いを馳せたのだった。




 ―――だが、思わぬところから楓人は事件の手掛かりを得ることになる。




 翌日、楓人は朝の教室にカンナと一緒に入ると級友と挨拶を交わす。


「よっ、お二人さん。今日も仲良しで何よりだ」


 自席に向かう所で今日は余裕を持って登校したらしい柳太郎が声を掛けて来るが、教室内には代わりにいつもは早めに登校している椿希の姿がない様子だった。

 時間にはきっちりしている椿希がぎりぎりになるなんて珍しいこともあるものだと思いながら挨拶を返す。


「おはよー、仁崎くん」


「おう、柳太郎。椿希は珍しく遅いな」


「ああ、何か風邪だか知らんが休むかもって話だ・・・・・・って、お前にもメッセージ行ってるだろ」


 ポケットの携帯を取り出してメッセージを確認すると確かに朝の内に体調不良で欠席するかもしれない旨が届いていた。


「風邪か・・・・・・放課後に見舞いに行くか。柳太郎も来るだろ?」


「バイトだから少しだけな。やっぱり心配だしよ」


「それなら私も行くよ。体調悪くならないようにあまり長居しすぎないようにしなきゃだね」


 椿希はさほど体が弱いわけでもないので、こうしてたまに体調を崩したことを聞くと心配になろうものだ。

 楓人も柳太郎も彼女とは親友と言える程に仲良くしているし、果物や栄養の付くものでも買って行ってやろう。


 そんなことを話して放課後の予定を組んでいた時だった。


 がらりと教室のドアが開いて話の中心だった椿希が姿を現した。


「何だよ、お前来たのか。無理すんなよ」


「・・・・・・大丈夫そうだから来たの」


 体調不良だからか、やや口調が気怠そうで体調が目に見えて悪そうだった。

 普段の椿希はそんなに無茶をする性格ではないのだが、行けそうだと思って家を出たら体調が悪化したということもあるだろう。

 柳太郎も何だかんだで人が好いので真剣に椿希の体調に関しては心配しているのが口調にもはっきりと滲み出ていた。


「あんまり辛かったら保健室で休むなり早退するなりしろよ。別に無理してまで授業受けることもないだろ」


 楓人も明らかに表情もだるそうな椿希に無茶をさせたくはなかったので、更に体調が悪化する前に一言添えておく。

 カンナから見ても体調不良は明らかだったようで、心配そうな顔で椿希の顔を眺めていた。


「・・・・・・ええ、そうするから」


 口数も少なく椿希は頷くと教室の中をぐるりと一瞥した。

 時間もぎりぎりだったので教室の生徒は既にほとんど席に着いており、その場は解散となった。

 今日は椿希も無事かは定かではないが出席はするようなので欠席者はなしだ。

 楓人達も教師が来るて小言を言われる前にと遅れて席に着いた。


「おお、夏澄かすみは今日は出るのか?あまり無理しないで辛ければ保健室に行けよ」


「・・・・・・はい、ありがとうございます」


 人の好い中年の男性教諭が椿希が体調不良である旨は聞いていたのか、椿希に声をかける。

 普段から優しくて面倒見のいい椿希を気遣う声が多いのはまさに人徳と言えるもので、人が人に優しくすることの大事さを教えられる。

 普段は健康で真面目な生徒の異常は目立ちやすいというのもあるのだろう。


 何にせよ、表面上は椿希は普通にホームルームや授業には参加していた。

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