第89話:人形の群れ
その先に待っていたのは想像を超えた光景だった。
以前にカンナと訪れた時は妙な人形が一体程いたはものの、展示スペース自体は整然としたものだったはずだ。
だが、今は視界の先でどこから湧いてきたのかが疑問な程の数の人形がフロア内に蠢いていた。
「ええ・・・・・・こりゃ酷い」
「まさか、ここまで酷くなってるとはさすがに思わなかったな」
二人して目の前の光景に辟易とする程に、敵は万全の準備をして楓人達を待ち構えていたようだった。
既に二人とも戦闘態勢は整えてあり、こちらを向いて体を軋ませる人形達を相手にする準備はとっくに出来ていたのだ。
「とりあえず、こいつらを一掃するぞ。出口を塞げば外には出られないだろ」
下に人形達をやれば閉店が近付いているとはいえ人がいた場合は大変なことになるので、まずは出入り口を塞ぐ指示を出す。
裏手は怜司達も見張ってくれているはずなので、窓の外からの移動は難しい。
そうなれば、最上階である展示フロアから移動する手段は内部に限られる。
「・・・・・・おい、頼めるか?」
一部分だけ装甲を風に返して内側にある通信機のスイッチを押す。
管理局で正式採用及び改良を施された小型の通信デバイスは堅牢性には相当に優れているが、変異者同士の戦いだとどうしても壊れる。
だが、装甲に守られた楓人と狙撃や探知に徹する燐花は最も故障を心配せずに状況報告のやり取りができる組み合わせだった。
敵に探知能力者がいると余計な情報を与えない為にも、敵の居場所が不明の内は“この場を探知してくれ”とは直接的に言わないように打ち合わせをしてあった。
『ダメね、数が多すぎて絞るのは無理。頭痛くなってくるわよ』
「仕方ないか。何か、わかったことがあればすぐに知らせてくれ」
敵が増加しているのは見て取れたので彗ばかりに任せておくわけにもいかないだろうと楓人は戦場に参加する。
右手に握るは最も対応力が高い形態であり、手慣れた使用感の漆黒の長槍。
駆けるや否や槍の先端を振るって人形共を撫で斬りにし、接近に対しては槍の柄で弾き飛ばして隙を殺す戦闘スタイルは黒の騎士の基本戦術だ。
更に槍を返して上からの敵を串刺しにした上で降り回し、鈍器のように使用して群がる敵を一瞬で蹴散らしていく。
鋼が砕け散る凄まじい音が展示フロア内には響き渡っていた。
人型のものが弾け飛ぶのを見るのは気分がいいものではないが、人間でなければ容赦する理由はどこにもないのも事実だった。
どうやら人形は戦闘力自体はさほど高いわけでもないようで、退けるのは楓人クラスの変異者であれば容易いことだ。
周囲からはいつの間にか人形の量も減り、念の為に彗の方を見る。
―――もっと容赦のない男がそこにいた。
人形の頭を蹴り砕き、そのまま人外めいたボディバランスでほぼ空中で体勢を立て直して左右の拳を一つずつ振るった。
空間を抉るがごとき音を残して人形が胴体を抉り飛ばされて機能停止していく。
その背後で強襲する相手を、引き戻した右腕を最短距離で伸ばして喉笛を握り潰していく。
どの方向から来られても破壊力の嵐と化した彗には一体も接近は許されない。
これが彗が持つ物理破壊型の
彗は身体能力を総合すれば楓人を上回るかもしれない数少ない変異者である。
動きの速度もほぼ楓人と互角で、近距離で体勢を立て直す速度やバネにおいては彗に勝る変異者はそうはいない。
今は破壊力向上しか見せていない彗が隠している牙を剥けば、楓人が相手をしてもそれなりに手こずる相手だろう。
「ふぅ・・・・・・いい運動になった」
あっけからんと言う彗の周りには鋼やマネキン等の材質の手足や胴体が散乱して凄惨な光景になっていた。
「でも、こいつら何か変っすよね。展示フロアの人形を動かしたにしちゃ多すぎるし、人の形になってない奴も混ざってるし」
確かに彗の言う通りで戦う前から気になっていたが、マネキンが硬化して襲ってきたものもあれば鉄板を繋ぎ合わせたような杜撰な造りのものも存在する。
恵の能力に似ているが彼女の
「ああ、恐らくだがこいつらは人型に近いほど強いのかもしれない」
今回の襲撃には完璧な人型をしているものの他に右腕だけマネキンめいた質感の人形が混じっていたと半端なものも多く数えられたのだ。
もしも、楓人の想像が正しいのであればこの場は実験を兼ねていたことになる。
「造形ごとにどれほどの力を持つかを測ってたってことか。予想は出来ちゃいたけど性格最悪な奴等なんすね」
彗も同じ考えに至ったようで破壊によってもたらされた残骸を眺め回す。
相手は最近になって能力が覚醒した変異者の可能性も大いにあり、そうだとすれば力に溺れやすい時期でもあるので非常に危うい。
だが、ここまで的確に待ち構えられたのはなぜだ。
そして、ここに楓人達を呼び寄せて何をしようとしていたのか。
こんな人形だけでどうにかなるとは思っていないだろうし、何か目的があるのではないかと警戒するには十分過ぎた。
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