第88話:空の戦場
授業を終えてからも楓人は陽奈以外に色々と話を聞いた。
もしも敵に関する情報がその中に混じっているのなら、大きなアドバンテージとなる可能性があったからだ。
しかし、陽奈から聞いた以上の情報は誰も知らない様子だった。
―――何にせよ、準備は無事に完了した。
今日は都研のない日なので、楓人達は事前の準備を念入りに終えてスカイタワーへと向かっていた。
打ち合わせ通りの配置で楓人とカンナが最前線に出て、怜司達が周囲の警戒と伏兵としての役割を担う対応力の高い布陣になっている。
燐花には基本的には探知能力者としての働きを期待し、狙撃は遠距離から様子を見て止める。
その通常の布陣に加えて、今回はエンプレス・ロアの中でも前線に出られるだけの強力な変異者を備えている。
「あ、リーダー。お久しぶりっす」
軽い調子でアスタロトを纏った状態の楓人を出迎えたのは傘下のコミュニティーを統括させる程に信頼する男である
金色のメッシュを薄く入れているが、黒髪が月明かりに照らされている。
巷でいうチャラい雰囲気の長身痩躯の男ではあるが、彗なりにこの戦いに真剣に臨んでいることは知っている。
それに楓人が頼んだ仕事には非常に真面目に取り組んでくれているので、コミュニティーに迷惑がかからなければ多少は羽目を外そうが何も言わなかった。
「ああ、お前のおかげで安心して見てられる。ありがとう」
「そうでもないっすよ。皆、言うこと聞いてくれるんで何とかって感じなんで」
「彗に他のコミュニティーの纏め役を任せて良かったと思ってるよ」
「へへっ、そう言われるとなんか照れるッスねぇ」
見た目と反して意外と人懐っこい性格の男で、年齢不詳とはいえ楓人のこともリーダーと慕ってくれているようだった。
ただし、実は楓人からしっかりと手綱を握っておかないといけない危険性を孕む男でもあるのだ。
昔と比べれば随分と丸くなって、普通の人間として生きられるようにはなったのだが、怜司とは決定的に異なる点があった。
「それで、リーダーは何で並木道の奥なんかに隠れてるんすか?性格暗い人みたいっすよ」
「・・・・・・俺は一応、一般人にも見える人間がいるみたいだから」
「ああ、そういえば前にネットで騒がれた事件ありましたねぇ」
「そういうことだ。俺達は表に出ないで生きていくのがベストだよ」
「それで、行かないんすか?そろそろ店も閉店する時間だから急がないと間に合わないんで」
「ああ、裏から行くぞ」
二人はスカイタワーの入り口に向かって進んでいく。
既に消灯しつつある店舗もあり、入り口では時間も遅いので入場は既に出来ないようになっている。
その入り口を駆け上がると途中で窓の外へと躍り出る。
「全く、リーダーみたいに誰でもビルの側面を登れるわけじゃないですってば……」
「お前はエレベーターで来い。最上階にある展示の入り口で会おう」
そして、一部停止した側のエスカレーターの窓の外を選んで駆け上がる。
外に踊り出した段階で漆黒の風が楓人の全身を容易く浮かび上げるが、楓人とて完全に空中で飛行できるほど万能ではない。
ビルの側面のように足で蹴り飛ばせる地面がなければ長時間の空中移動は無理だし、スカイタワー程の高さを登るなら時折はどこかに着地しなければならない。
外の風を切り裂いて漆黒の影は蒼葉スカイタワーの側面を登っていく。
黒の騎士を覆うは漆黒の風であり、頼れる相棒の隠れた姿だ。
その姿を見ればネットはまたしても騒ぐだろうが、これだけ注意を払って頂上へ向かう分には仕方がないと言える。
鉄骨の部分を選んで蹴り、凄まじい速度の一陣の風と化して瞬く間に楓人は最上階の壁面へと到達する。
打ち合わせ通り、一度屋上に着地して時を待っていると視線の先にある窓を彗が開いてくれたので滑り込む。
「さて、今日の敵はどんなもんかねぇ」
「油断するなよ。俺とお前が組んでるとはいえ、敵の能力もわかってないんだ」
「それは承知してますけど、俺は説得されてくれない相手なら容赦しないっすよ」
彗はふっと歪んだ笑みを見せるが、すぐに陰りは影を潜める。
彗は自分本位な理由もあったとはいえ犯罪者を裁くという一線を越えなかった怜司とは違い、殺せと言えば即刻殺害できる程に一時は壊れた倫理観をしていた。
“クズはどこまで行ってもクズなんすよ”と楓人と出会った時には今と違って、そう言っていた彗の姿は印象深かった。
彗自身を同じクズとするが故に、楓人に従うことで己が少しでもマシになろうと足掻くのが彗という男の本質だ。
エンプレス・ロアで少しでも更生した自分を実感しているために、彗は“マシになる努力さえ、手放すクズは許すべきではない”という意見を持っている。
考え方としては渡に近いが、それでもエンプレス・ロアにいるのは極力は自分と同じクズと蔑視する種族を救ってやりたいと願っているからだ。
彗を結果的に救うことになった、エンプレス・ロアへの思い入れが人一倍強いのも理由の一つだ。
だが、それ故に正義と信じるコミュニティーの救いの手を拒み続ける人間には最も容赦のない男だった。
普通に生きる分にはコミュニケーションも問題のない男だが、凶悪犯罪者の元に単独で差し向けるには少々やりすぎる可能性がある。
「まあ、とりあえず・・・・・・敵と出会えるかどうかだな」
昨日にも訪れた扉の前に立つと、楓人はシステムをオンのままにしておいたことで使える電気を局所的に点けて内部へと足を踏み入れた。
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