第87話:もう一つの気持ち


 実を言うと椿希と柳太郎のいない場で話を聞きたいのもあったが、この雰囲気ではここで聞かざるを得まい。


「最近、スカイタワーで変な噂を聞いていないか?カフェの客が少し話してたのを聞いただけなんだけどさ」


 建前はそうしておかないと妙な経験をしたのかと勘繰られる可能性があった。

 蒼葉北高校は色々な噂が流れる学校でもあるので、都市伝説系の情報の流れがやけに早いのだ。


「えーっと、スカイタワーかぁ・・・・・・あ、そういえば一つあったか」


 困り顔で考えていた陽奈だが、思い出したようにポンと手拍子を一つ打った。


「確か・・・・・・人形が動き出す、だっけ?」


「人形・・・・・・か。変わった噂だな」


 咄嗟に話題に喰い付きそうになるのを抑えて、楓人はあくまでも冷静に返す。

 今まさにコミュニティーとして取り組んでいる話にドンピシャの話題が情報通からは提供されたのだ。

このタイミングでこんな噂が流れているのが、ただの偶然だとは思えない。


「なんじゃそりゃ、動いて襲われた人でもいるのかよ?」


「いんや、襲われた人は今の所ナシ。閉店間際に行くとたまーに動くとか追いかけられるってだけっぽいね」


「・・・・・・動くわりに何もないのね」


「まあ、別に包丁持ってるとかそーゆー噂でもないかんね。たぶんテキトーな作り話だと思うけど」


 意外にも襲われた人間がいないというのは、過去の下駄箱鎌とは違う点ではあるが放置できる程に普通の状況でもない。

 やはり、現状の手掛かりを探すとすれば予定通りスカイタワーにエンプレス・ロアのメンバーで乗り込む形になるか。

 例え、今の所は被害者がいなかろうと、変異者が絡んでいるのなら噂は潰しておく方が後顧の憂いもなくなる。


「あそこって上から順に閉店になるから、夜はほとんど客もいねーんだよな」


「そうね、でも展望台だけは開いてるわよ。知らない人も多いと思うけどね」


「へえ、知ってるっつーことは椿希もよく行ってんのか?」


「近くに安くて質のいい手芸専門店があって、少し前に店主に聞いたのよ」


 柳太郎と陽奈の話を総合すると、閉店間際に行くのが最も確率が高そうだ。

 管理局に連絡してスカイタワーの展示階の電気を活かしておけば、閉店後だろうが最上階の調査は出来るので無駄足にはならない。

 今回に得た情報のおかげで方針の微調整が出来そうで、やはり柳太郎に相談してみて正解だったらしい。


「ありがとな、鈴木。ちょっと興味あったけど大した話じゃなさそうだ」


「陽奈でいーって。アタシら知らない仲じゃないっしょ?」


「了解、本当に助かった。ジュース代は俺が出す」


「半分冗談だったんだけど、じゃ・・・・・・ゴチってことで」


 都研の話をジュースの報酬なしでも定期的に受けてくれる陽奈は椿希と気が合うだけあって、人の好い性格をしている。

 何にせよ、情報はこうして出揃ったので後は夜に備えるだけだと考え込んでいる横で既に残りの三人は別の話題に移っているようだった。


「え、嘘。そこの二人ってまだ付き合ってなかったわけ?」


「いや、ライバルが強すぎて中々な・・・・・・」


「あー、カンナかぁ。あれは強いねー」


「ちょっと、勝手なことを言わないで。私はそんなんじゃ・・・・・・」


 そんな会話を意識の外で聞いて、楓人は意識を三人の会話に戻す。

 何か足りない点がないかを必死で考えていたこともあって、全て会話を詳細に聞いていたわけではなかった。

 カンナがライバルとか、そんな内容を話していた気がするが。


「ね、ぶっちゃけ楓人は椿希とどうなん?大分、仲良いじゃん?」


 にやにやと笑いながら陽奈が話を楓人に向けて来る。

 その手の話題は楓人としても一番困る所だが、いつもは気を遣う柳太郎もこの話題に関してはガンガン攻めて来る。

 どうやら、このままなぁなぁで済ませる気は柳太郎にもないらしい。


「お前ら、本人がいる前でそれを言うか?」


「いや、だってお前ら定期的に爆薬放り込まないと何も起きねーから」


「・・・・・・おい、何か起きる前提で話をするな」


「恋愛に興味がなさそうな椿希がくっつくとしたらお前だろ」


 別に彼女のせいでは全くないが、カンナとの関係を踏み出すことに迷っている理由は椿希にもあった。

 カンナは言わずもがな、楓人を支えてくれる存在かつ過去に救ってくれた大切なパートナなのだ。

 対して、椿希は付き合いの長さはカンナ以上で、楓人が辛かったり苦しかったりした時は助けてくれた本当に大切な親友である。


 楓人は椿希にも言葉に出来ない気持ちが存在しているのを自覚していた。


 両方に恋愛感情を抱いているとか、二股をかけたい気持ちがあるはずもない。

 ただ、親友や家族以上の言葉に出来ない熱を、二人に対して抱える明確な事実としてあるのに目を背けても仕方がない。

 どちらも楓人が今を迎えるに当たって無くてはならない存在で、前に進む気持ちに迷いがある今の楓人が答えを出せと言われても無理な話だ。


「べ、別に興味がないわけじゃないわよ」


「いや、オレの目は奈落じゃないね。伊達に友達やってるわけじゃねーよ」


「それ言うなら、節穴じゃない?柳太郎、アホじゃん。あはははっ!!」


「くそっ、国語が苦手なせいでギャルに笑われたじゃねーか」


 爆笑する陽奈と羞恥を堪えて呻く柳太郎の楽しそうなコンビを尻目に、椿希を一瞥すると視線が交わる。

 勘違いでなければ正直な所、椿希にはそれなりに好かれている気はしていた。

 前に好意をそれとなくほのめかす発言はされているし、全く脈がないと思える段階は既に過ぎている。


 だが、彼女に関する気持ちが親愛なのか恋愛なのかは結論付けられない。


 まともな恋愛を知らず、過去に気持ちを置いてきた楓人が自分に向き合うのはまだ先になりそうだった。

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