第86話:情報通



 さすがに学校の近くまで来ると手を離し、いつもの教室の扉を開ける。


 その時、またしても鋼の獣の時と同じような空気が教室に広がっているのを感じて、楓人は周囲を見回した。

 人が不穏な噂をする所、特に教室のような顔見知りばかりで人数も限られる空間で嫌な噂がされていれば独特の雰囲気が漂うものだ。

 何となく空気が変だと感じる程度は変異者でなくても出来ることだった。


「おはよう、最近いい話を聞かないわね」


 教室内を見渡して楓人が怪訝そうな顔をしていたからか、椿希が近寄ってきて浅く溜め息を吐いた。

 その反応からして生徒達が噂をしているのは件の“集団転落事件”もとい“ドッペルゲンガー”の絡みのようだが、あれだけ不可思議な事件が起こったのだから噂をするのも無理のないことだった。


「あ、椿希。おはよー」


「おう、やっぱり集団転落事件か・・・・・・」


「ええ。連続殺人といい、ここ最近の蒼葉市は物騒ね」


「そうだな・・・・・・。お前も女の子だし夜の外出は控えろよ」


「そうするわ。外出と言っても手芸の道具を部活帰りに、少し買い足す程度だから問題ないわ」


 椿希が事件に巻き込まれようものなら、楓人が絶対に自分や危害を加えた相手さえも許せなくなるのは知れていた。

 だから、夜遅くなる時は家まで送って行ったりと配慮はしてきたつもりだった。


「何かあったら電話してこいよ。場所さえ言えばすぐに飛んでいくから」


「ありがとう。そんなことがあれば頼りにしてるわ」


 素直にお礼を言って、椿希は頷いてくれた。

 万が一にも快楽殺人者の類に絡まれた場合の為に、場所を言えという言葉を印象付けるように事前に告げておくわけだ。

 今の蒼葉市には烏間が潜伏している上に二つの事件が起きており、何の力も持たない人間にとっては危険地帯とも言える。


「危ねーっ、何とか・・・・・・間に合ったわ」


 そこで柳太郎が息を切らして教室に滑り込んできた。

 たまに学校に関してだけは寝坊する日もある男なので、教室に姿が見えない時も二人が特に今の段階で心配することはなかった。


「柳太郎、ちょうどいい所に来た。息を整える時間を三十秒やろう」


「なん、で・・・・・・そんなに偉そうなんだよ」


 スタミナの塊であるはずの男が息を切らすレベルで走ってくる辺り、柳太郎も何だかんだで真面目な男だった。

 単に遅刻を短期間に何度もしていた関係で、担任に目を付けられているせいかもしれないが楓人なら悠々と遅刻してしまいそうだ。


「それで、何なんだ。オレに聞きたいことでもあるんか?」


 柳太郎は息をわずかな時間で整えて訊ねて来る。


「実は俺個人でも都研のネタ集め中でな。一応、研究結果として会誌も作らなきゃならない。それで、スカイタワーについて知らないかと思ってな」


 柳太郎は楓人より顔が広いので、こういう情報収集にかけては期待以上の働きをしてくれることが多かった。

 労力がかかるのであれば代わりにパン一つを要求されることもたまにあるが、情報への出費と見れば安いものだ。無論、その際は楓人自身も別に動いている。


「ああ、オレはあんまり聞いたことねーな。意識しないとそういう話ってあんまねーし。代わりと言っちゃなんだが、陽奈に声かけてみたらどうだ?」


 トイレの冥子さん事件の時にも話を聞かせて貰った、クラスの女子の鈴木陽奈は柳太郎いわく噂好きの現代っ子で、都市伝説の類は彼女が話題に上げることも多い立ち位置だそうだ。

 一旦ホームルームを挟むと、生物室へ移動の関係で限られた時間に彼女へと依頼をしにいくことにした。

 

「おーい、陽奈ひな。ちょっといいか?」


「あ、柳太郎?どしたん?」


「ちょっと都研の発表会の準備でよ。こいつが聞きたいことがあるってさ」


 染めた茶色の髪にやや着崩した制服と派手目ではあるが、ケバいという死語には至らない塩梅の女の子が柳太郎の声に反応する。

 身長は女子にしては平均程度だろう、その人懐っこい笑みを絶やさない表情からは人の好さが垣間見えた。

 前回も話をした感想としては良い子だったし、質問しても嫌な顔一つせずに聞いてくれる印象だった。


「悪い、今回も都研の情報収集でちょっといいか?」


 楓人からも一言添えると、陽奈は特に躊躇う様子もなく頷いた。

別にやや派手だからと言って性格に難があるわけでもなく、元よりギャルイコール問題ありといった無用な偏見も楓人にはない。


「いーけど、次は生物だからそっち行きながら話す感じでオッケー?」


「わりーな、陽奈に聞けばわかると思ってよ」


「ジュース一本で手打ったげる。もちろん奢りでさ」


 可愛らしくウインクして見せる陽奈を前に、柳太郎は半眼で突っ込んだ。


「お前にはオレが金を出した水分しか摂取できないのか?」


 無邪気に笑う陽奈と柳太郎のコンビは傍から見ても相性が良さそうに見え、彼女と意外にも仲の良いらしい椿希も同様の感想を抱いたようだ。


「あの二人、仲良さそうだな。柳太郎が二人って感じだ」


「そうね、陽奈は柳太郎がたまに暑苦しい時も正面から受け止める奇特な人よ」


「・・・・・・さりげなく酷いこと言ったな」


「お互い独り身だし、あそこでくっつけば幸せになれるんじゃないかしら」


「まあ、こっちも独り身同士だけどな」


「・・・・・・それは言わない約束よ」


 結局、全員が独り身のオンパレードだったという現実があった。


 生物室に辿り着いたものの教員は事情があって少し遅れるらしく、来るまで自習の旨が前の黒板に書いてある。

 そうなれば若く元気に溢れる生徒が大人しく自習をしているはずもなく、始まるのは実質の雑談タイムだ。

 元からこの授業は移動教室の時は好きな席に座っていい、聞く限りでは高校としては特殊な仕組みだったので猶更だ。


「それで、何をアタシに聞きたいわけ?」


 楓人・椿希・柳太郎・陽奈と新たなメンツを加えた四人用の机に陣取ると陽奈が最初に口を開いた。

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