第90話:見られた姿
「お前、フード外れかけてるぞ。気を付けろよ」
「あー、なんか投げて来た奴がいたんすよねぇ。ちぇっ、躱してはいたのに」
掠めたことさえも不満そうにフードを被り直すと彗は施設全体を大きく見渡した。
周囲に今は人形の気配はなく、探知を続けている燐花も人形共を使役していた変異者は捕捉できていないようだ。
「一応、外を見て来る。ここを任せるけど油断はするなよ」
ドアを開け放って外に出ると展望台へと止まったエスカレーターを乗り越えて降りていく。
下に降りる前に建物に付いていた時計を一瞥すると閉店まで二十分程度といった所なので、店が開いていないスカイタワーに人が多くいるとは到底思えなかった。
いたとしてもすぐに帰れる低階層にしかいないはずで、建物を登る瞬間に簡単に確認は行っていた。
・・・・・・だが、失念していたことがあった。
展望台はスカイタワー内に入っている店が閉店し切っても少しだけ開いている。
そして、手芸店のお得意さんであろう少女のことを考えれば、ここにいてもおかしくはない。
展望台内でぎしりと何かが軋む音がした。
そこには、動き出す人形を見ても声すら出せない椿希の姿があった。
“・・・・・・あれって、椿希っ!?”
楓人の内側で驚きの声を上げたカンナの声を聴き、目の前の光景を見て考えるより先に体が動いていた。
「えっ・・・・・・?」
椿希に襲い掛かるマネキン式の人形の姿を見るや、エスカレーターの途中から人間離れした跳躍で接近すると、空中で脚を上げて人形の側頭部を蹴り飛ばす。
楓人のアスタロトを纏った蹴りだけでも、並みの変異者では全身が損壊する一撃へと成り得るのだ。
人形は映像でよく見る事故の実験で吹き飛ぶ人形よろしく、無残に壁へと叩き付けられて壁にめり込んでようやく止まった。
人形の末路を視認すると、楓人は椿希付近の地面へと風で衝撃を和らげながら静かに着地した。
「な、何なの・・・・・・?」
彼女は明らかに楓人の方をはっきりと見据えている。
蒼色に燃える瞳に当たる水晶、黄金の装飾がわずかに漆黒を飾り立てる全身装甲を纏った男は日常には存在してはならないはずの姿だった。
アスタロトの装甲には元から視認されることが多いというデメリットもあったが、ここまで完璧に見られたのは初めてかもしれない。
だが、この状況では見られてしまったものは仕方ないと割り切るしかない。
それよりも今はいかに安全に彼女を危険地帯と化したスカイタワーの外へと送り出すかが最大の課題だった。
「早く逃げるぞ、俺はお前を逃がす為にここに来た」
開き直ったまでは良いものの、椿希に対して知人であることを悟らせないよう気を付けながらも話しかけた。
彼女に対して危害を加える存在ではないと最初に釈明しておかなければ、これから護衛する上で面倒になる。
「に、逃がすって・・・・・・何が起きて、いるの?」
さすがの椿希も怯えているようだが、それなりに受け答えが出来るだけでも立派なものだった。
「死にたくないなら俺を信じろ。お前に危害を加えるならとっくにやっている」
「・・・・・・わ、わかったわ」
聡明な椿希は思考を働かせて、この状況では目の前の男に従うのが最も確実だと冷静に判断して頷いた。
エンプレス・ロアの女性陣は慣れもあって度胸が並外れている者ばかりだが、初めて超常に出会いながらも冷静さを取り戻した椿希も尋常ならざる精神力を持っていると言えよう。
最初は怯えていたものの、呼吸を入れ替えてほぼ普段の彼女を取り戻す。
背後で妙な気配もすることだし、ここは椿希を連れて退散するのが正解だろう。
だが、手練れの彗であっても脱出するならば、声ぐらいは掛けていくべきだろうし状況によっては彗も撤退させる。
「いいか、少し掴まってろ」
彼女の体を軽々と抱き上げて、そのままエスカレーターを逆走する。
“あー、椿希いいなぁ・・・・・・”
“ここでキリキリ働けば後でお前にも好きなだけやってやる。ここは黙って気張れ”
“オッケー、まっかせといてっ!!”
単純な相棒に気合が入った所で、楓人は既に周囲に風を纏わせて駆け抜ける。
周囲を渦巻く風が襲い来る人形を砕き、弾き飛ばして容赦なく行動不能へと追い込んでいく。
「おい、一旦退くぞ!!」
「了解っす、その子どこで拾ったんすか?」
上で復活したらしい人形の残骸を再び破壊していた彗は事も無げに質問しながら戦闘をこなしていた。
だが、事態は察して最後の人形を蹴り砕くとすぐに楓人の方に駆け寄ってきた。
「人聞きの悪い言い方をするな。展望台で襲われていたのを助けただけだ」
「ま、とりあえず俺は後ろから来る奴等を片づけとくんで。先にその子逃がしちゃってください」
「ここをしばらく任せていいってことか?」
「言うまでもないっしょ。俺を誰だと思ってるんすか?」
にやりと自信ありげに笑う頼もしい仲間を見て、楓人は今回の戦いに連れて来たのがこの男で良かったと心から安堵する。
そして、今回は椿希がいると戦う上でも悪く言えば足手纏いになるのは確実なので、まずは彼女の安全から確保するべきだろう。
「おい、エレベーターも安全とは限らない。目を瞑っていろ」
「あの、何をするつもり?」
降ろして欲しそうだったが、この場ではそうする方が賢明だと判断したのか大人しく抱えられながらも不安を瞳に浮かべる椿希。
居心地が悪そうに全身をもじもじさせる彼女のその隙に楓人は跳んだ。
―――ガラスをぶち抜いて窓の外へと、飛び降りた。
「え、えええええぇぇっ・・・・・・!!??」
謎の鎧男が外へ身を躍らせたのを呆然と視認し、我に返った椿希はさすがに絶叫に近い悲鳴を上げた。
いきなりスカイタワーの屋上から飛び降りられたら誰だって、絶叫の一つや二つはするだろうと思いつつも楓人は周囲の大気やガラスの破片から漆黒の風で椿希を守りながら落下した。
さすがに楓人もこの高さから落ちるのは怖いが、絶対に転落死はしないと確信しているが故に叫ぶ気にはならなかった。
周囲を膨大な風が包んで、落下速度を徐々に緩めていく。
「だから、大丈夫だって言っただろ」
「・・・・・・だ、大丈夫みたいね」
飛び降りても死なないのだ、と本能で理解したのか呆然と椿希は頷いた。
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