第74話:収監者
「お前も変わったな。昔なら“親父よりはよっぽど良くしてくれてるよ”と皮肉を言ってくるかと思ったが。事実、その程度は覚悟していた」
言おうと思ったことを呑み込んだのは、父親側にも事情はあったのだろうと察する事が出来るようになったおかげだ。
無論、どんな理由があろうと優しかった母親に長年に渡って負担をかけ、葬式に来なかった男を完全には許せない。
だが、大人には色々と抱えるものがあるのは理解した。
「言ってやろうかとも思ったけどな、喧嘩する為に呼んだわけじゃない」
「言い訳はしない。その通りだろうからな」
「・・・・・・・・・」
その通りじゃないだろ、と苛立ちをぶつけてやりたかったが不毛な争いだ。
それにこれから向かう先を思い出して、今から冷静さを欠いてどうすると思い直したのだ。
「そろそろだ、本来なら目隠し程度はさせるものだがな」
管理局の拠点の一つとはいえ、その場所は本来は関係者以外には絶対に知られてはならない。
だが、楓人は管理局と協力関係を結ぶ為に大きなリスクを冒した。
その情報と変異者の暴走を止めている実績から、管理局の拠点に事前に連絡があれば出入りできるまでになった。
今回は父親に顔くらいは見せておこうと迎えを寄越させたが、楓人一人でも入れないことはない。
「親父、一つだけいいか?」
車を駐車して降りて来た父親に楓人は訊ねた。
父、遼一の事情の釈明も言い訳もしない不器用さが嫌いだった。
言い訳だろうとしてくれれば、お互いに感情をぶつけ合うことだって出来たのに宗一にはそんな隙もない。
だが、それでも何とか進もうとするべきなのだ。
エンプレス・ロアの人間は全員が前に進もうとしている、その勇ましい姿からどれ程の勇気を貰っただろう。
仲間に甘えるだけじゃではなく、結果がどうなろうと進む努力はしよう。
「・・・・・・何だ?」
「どうして、母さんの葬式に来なかったんだ?」
以前は言えないと答えが返ってきて、楓人は怒りに身を震わせた。
「私にはどんな顔をして、あいつと会えばいいのかわからなかった。その資格もないと思っていた」
「どういうことだ?」
「私が愚かだったという話だ。さあ、行くぞ」
結局の所は歩み寄れるのはそこまでだった。
今はそのことを気にしている場合じゃないと楓人は気持ちを切り替えた。
管理局があるのは発電所と隣接した広大な土地で、一見すると発電所の一部にしか見えない。
まさか発電所付近にこんな施設があるとは思わないし、発電所の重要性からして警備も自然に行う事ができる。
場所が秘匿されている上に発行したIDを通した上で網膜認証を済ませ、更に専用のパスワードを求められる厳重っぷりだ。
その間に複数の監視カメラでも警備されている、猫一匹も逃さぬ構えである。
「こっちだ。手続きは済ませておいた」
やけに分厚い鉄の扉があり、そこでも再度の認証を済ませた。
事務所からロック解除を行わなければ通行を許されないそうだ。
その先はまるで小綺麗な刑務所といった印象だった。
フロアには堅牢な扉が幾つも並んでおり、廊下の向こうまで続いて角の先にも扉はあるようだった。
楓人達が捕らえた変異者達は基本的には管理局に任せることになる。
管理局にも変異者は少数だが所属しているので、無力化した後の回収はそのメンバーに任せているのだ。
既に一室の前には椅子が用意されており、そこが以前に捕らえた大鎌型の
「面会時間は十五分、名は名乗らなくていい」
管理局は警察とも結び付いているし、収容者はいわば特殊犯罪者なので扱いも刑務所に似ていた。
遼一からはタブレット状で画面付きのデバイスが渡され、これを使って話をしろという意思表示なのだろうか。
変異者の脱獄のチャンスを与えないように細心の注意を払っているわけだ。
「梶浦さんですね、私は管理局の者です。少しお聞きしたいことがあります」
念には念を入れ、丁寧な口調を心掛けて楓人は牢獄の中にいる若い痩躯の男に通信機越しに声を掛けた。
出来るだけ相手を刺激するような話し方は避けたい。
『俺に客とは珍しいな・・・・・・』
思ったより元気な声が響き、楓人は何を話すかを改めて整理しつつ続ける。
「私はレギオン・レイドの渡さんとも交流があります。あなたが渡さんに雇われたと聞きました」
『渡さん、何か言ってたかい?』
やや軽い様子で訊ね返すが、その口ぶりから渡に恨みを持っているわけではないと悟った。
「あなたの事を案じていました。管理局に不当な扱いをされていないか見てきてくれ、と」
案じているかまでは知らないが、言ったことは大体が本当だ。
渡には雇った以上は野垂れ死ぬのは寝覚めが悪いから、様子だけは見てきてくれと言われていた。
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