第64話:雷の器ーⅡ


 もしかすると、黒の騎士ならば烏間を殺さないと読んだからかもしれない。


 今までに黒の騎士が犯罪者を最初から殺しに行った例はないからだ。

 エンプロス・ロアの方針は犯罪者でも安易に殺さないと謳っているので、城崎がそう考えてもおかしくはなかった。


 どちらにせよ、この戦場を制するには激突は避けられない。


「わたし達も誰も死なせたくないのは同じだから。通して貰うね」


 わずかに明璃の付近で放電現象が発生していく。

 主である彼女の感情の昂りに呼応して、指輪型の具現器アバターであるインドラが呼応している。

 感情に応じて能力が昂ってしまうのは彼女がまだ未熟な証でもあった。


 しかし、未熟さを帳消しにして余りある程に彼女の能力は強力だった。


 再び構えを取った城崎の背後で、バチリと一際大きな放電が発生した事に彼は即座に気付いている。

 先程の試しに放った一撃と威力は比較にならないと咄嗟に城崎は判断した。


 だから、一歩前に跳んで雷から逃れた。


 ・・・・・・そこが彼女の領域だとも知らずに。



「インドラ・・・・・・ッ!!」


 彼女が己の具現器アバターに命じた時にそれは起きた。


 明璃がなぜ、ここまで姿を現さなかったのか。

 長きに渡る潜伏の時間は、事前に準備を重ねていたからに他ならない。

 一対一になる前に恵が戦略方針を伝えはしたが、明璃は目線を送って二人には下がって貰っていた。

 相手を見極めるためにも、明璃一人の火力で難敵相手にどこまでやれるかを試しておきたかったのだ。


 その場に起こったのは、まるで落雷と見まごう巨大な放電現象。


「・・・・・・えげつないな、あんた」


「こういう絶妙な調整ってわたし苦手なんだ。あんまり制御上手くなくて・・・・・・」


 苦悶を表情に浮かべた明璃はわずかに調整を加えていく。

 明璃の破壊力だけならば、エンプレス・ロアでも最強クラスだろう。

 だが、威力を制御する彼女自身の安定性が欠けるので、殺さずに炸裂させるのは城崎を前にすると困難を極めた。


 命を奪うことなきよう慎重に進め、彼女の調律は何とか完了した。


 幾度となく発生する放電は、出現する防御膜を容赦なく打ち据えていく。


 落雷が繰り返される如き苛烈な光景に、見ていたレギオン・レイドのメンバーでさえ息を呑むしかなかった。

 正確に言えば、明璃の放っている具現器アバターによる攻撃は雷ではない。

 放電に近い現象に、明璃が持つ具現器アバターのエネルギーが膨張・破裂して破壊力が加わっているだけの偽装だ。


 それでも、凄まじい威力の雷弾は止むことなく城崎の強靭な盾を叩き、敵を喰らわんと攻勢を仕掛け続ける。


 戦況を見て、燐花は再び銃を狙撃変形スナイプへと姿を変えた。

 恵も戦況を悟ったかのように、周囲の鉄やガラスを持ち上げて武器へと変える。

 燐花だけは事前の話し合いで知っていたが、鉄が単に打ち据えるのに対してガラスは別の性質を持つ刃を生成する。


「・・・・・・・・・ッ!!」


 無言で雷撃を防ぎ続ける城崎は、初めてわずかに焦りの色を浮かべた。

 強力な変異者が三人、加えて火力だけなら明璃は変異者の中でも相当なレベルであると断言できる。


 恐らくこれが最後の攻勢になると全ての人間が悟っていた。


 まずは、燐花が引き金を引く。


 恵がかざした手を城崎に向けて放つ。


 そして、明璃が最後に己の持つ力を振りって今日最大の破壊力がここに結集する。

 訪れたのは防ぐか、突破するか、それだけの単純明快な決着だった。



 そして、二つの戦場の状況が大きな変化を迎えていた時。



 ―――黒の騎士と烏間の戦いは激しさを増していた。



 漆黒の影が飛び込んで、手にした槍を振るう。

 対する烏間は紫色の腕装甲から生成される曲がりくねった刃でそれを受け、両腕の刃を使用して楓人の猛攻を捌いていた。

 果てしない連撃を受け身とはいえ捌いている時点で、相当な実力があると推し量ることが出来る。


 烏間が選んだ戦術は徹底した防御からのカウンター狙いだ。


 今の所は能力らしい能力を見せていないのもあって、頑なに防御へと徹した戦法は不審ささえ覚えるものだった。

 一度は仕切り直しとなった所で、烏間は装甲が覆う手を触れ合わせると拍手の姿勢を取った。


「まずは・・・・・・さすがと言っておこうか、君は強い。人の噂には眉唾も多いけれど、黒の騎士の伝説は本物だと認めざるを得ない」


「そりゃ、どうも。お前に褒められても素直に受け取れないけどな」


「酷いな。俺は本気で褒めているつもりだ。体術、威力、防御力、全てにおいて俺よりも遥かに上だ」


 薄っぺらな言葉を素直に受け取って喜ぶほど油断はしていないつもりだ。

 再び槍を構えようとした時、小さな眩暈めまいを覚える。

 まだ力はさほど使っていないし、多少の体調の悪化程度では烏間との戦いの結果は逆転しないだろう。


 だが、念には念を入れておくとしよう。


 槍の先から漆黒の風が零れ出し、アスタロトの装甲にある蒼い水晶の如き目を通して楓人は烏間を睨み据えた。

 次第に燐花の風とは、性質そのものが異なる黒風は戦場に広がって行く。

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