第65話:戦型
「時間を稼いでも無駄だ。俺の仲間は死なないし、今ここでお前も倒す」
「そこで殺すと言い切れないのが君の最大の弱点だ。俺が君の立場なら容赦なく殺す」
「そうかもな。普段なら命は奪わないようにするんだが・・・・・・お前は別だ。勘違いするなよ」
この男は多くの血を流す原因になるだろうと断言できる。
あの日の大災害で多くのものを失った過去がもう一度蘇るかもしれないと思うと我慢がならない。
大切な人と別れる悲しみも、泣く人々の涙を見て後悔する日々など二度と御免だ。
失うことへの根源的な抵抗こそが楓人の弱さでもあり、強さの基となる要素。
家族同然に接していた人達も、母親も、友人の一部も、父親との良好だった関係さえも手放した。
もう失うのも、それを見せつけられるのもたくさんだ。
「世の中には色々な意見がある。だから、俺達が創る法はエンプレス・ロア以外の意見も取り入れていくつもりだ。でも、お前の意見だけは受け入れられないんだよ」
エンプレス・ロアが創るのは独裁政治であってはならない。
全てを統べるのは変異者自身であるべきなのだ。
全員の意見を事細かく反映するのは難しいかもしれないが、少しでも有用な意見は拾い上げていく。
変異者達を全て楓人が従える必要はなく、この身には過ぎた奢りだ。
その変異者自身の創る新世界には、殺人ギルドなど要らない。
「そうか、残念だ」
笑みを浮かべる烏間へと疾駆する。
斜めに振るった漆黒の槍は冴えわたるが、単純な一撃は烏間の防御の構えの前では逸らされる。
先程は楓人が間合いを保ちながら優勢に持ち込んだが、今度は烏間も余裕を以て対応してきた。
一歩半前へと烏間はあえて踏み込んできたのだ。
槍を思う存分に振るわれれば敗北すると察知した敵は、その内側に間合いを置くことで攻撃力を削ごうと考えたに違いない。
襲い来る反撃の紫刃を槍の柄で逸らして直撃を避ける。
その際にわずかに紫色の煙のようなものが散り、楓人は烏間の能力が攻撃を受けた相手に作用するものだと咄嗟に推測を立てた。
カウンターを狙う戦法も一撃決めれば殺せると確信している故の安全策なのではないか。
間合いを近づけたことによって、確かに烏間が反撃を狙う機会も増えた。
しかし、その程度の小細工では結果は何も変わらない。
槍の柄と蹴りを重ねて、敵を瞬時に槍のリーチを活かせる距離まで弾き飛ばす。
黒の騎士が優れているのは槍という武器のリーチや能力だけでなく、身体能力そのものだ。
再び槍の先端が大気を薙ぎ払い、再び空間に弧を描く。
「・・・・・・・・・」
押し黙る烏間は間違いなく変異者としての力量に秀でており、これだけ黒の騎士の連撃を捌くのは並みの能力では出来ない。
ただ、二人の力を結集させた黒の騎士が彼の上を行くと言うだけの話だ。
そして、烏間がわずかに踏み込むのを躊躇った瞬間に楓人は動く。
槍のリーチを活かすにはこの場では絶対に取らないであろう行動が一つある。
―――わずか一歩半、踏み込んだのだ。
槍の刃を自在に振るえる範囲を自分から放棄したことに意表を突かれ、烏間の動きが刹那の間だけ硬直する。
黒槍型の兵装は蜃気楼のような揺らめきに包まれて変化を起こしていた。
槍の間合いを放棄しただけではない、違う間合いに入っただけの話。
「アスタロト、
「なっ・・・・・・!?」
手元に出現したのは漆黒の輝きに塗り潰され、その中に黄金の装飾を持った長剣だった。
槍の間合いを把握することで猛攻を凌いでいた者が、間合いの変化など警戒できるはずもない。
黒の騎士の象徴的な得物が槍の形をしていることは、一度でも相見えた者なら口を揃えて語るだろう。
その戦い方や威容は槍の姿を鮮烈に印象付ける。
だが、楓人からしてみれば最も多様な相手と戦い易いと判断した戦法が槍だっただけの話だ。
リーチの優位を活かし、接近されてもアスタロトの装甲と抜群の身体能力がある。
隙の無い対応力を誇る姿こそが
しかし、剣の姿に変化して得られた能力は単純明快だ。
槍を遥かに凌ぐ攻撃速度と単純な攻撃の数だ。
「・・・・・・これが、奥の手かッ!!」
最早、余裕さえもなく苦悶に顔を歪める烏間。
今度は防御の体勢を取った烏間が捌くのよりも速く、剣は装甲を少しずつだが確実に削っていく。
烏間の対応も間に合わなくなってきている以上、このまま戦い続ければ勝利は揺るぎない。
その中でついに見出した僅かな隙、そこに楓人は己の力を注ぎ込んだ。
「———
宙を舞うのは紫色の刃の破片だった。
遥かに威力を増した一撃は烏間が盾にした左の刃を真ん中からへし折り、肩の装甲を纏った風が砕き、肩から鮮血が滴る傷を与えていた。
あれだけアスタロトの刃と打ち合い続けたのだ、余程の強度がなければ
これで決着、そのはずなのに楓人は構えを解かなかった。
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