第63話:雷の器


 確実に命中しただろう手応えはあった。


 あれだけ幾重にも目線を引き寄せる罠を張って、意識外の真上からの燐花の最大火力を受けたのだ。

 少なくとも戦闘にそれなりの影響が出る損傷は絶対に負っているはずだった。


 巻き上がる土煙がゆっくりと晴れていく。


 予想を完全に裏切って、そこには敵がしっかりとした足取りで立ち続けていた。


「・・・・・・やるな、大したもんだ。俺を傷付けた奴は久しぶりだな」


 黒髪を靡かせる男は腕から鮮血を滴らせても、なお戦闘不能には程遠い。

 攻撃は通せたものの、ただ皮膚の表面を浅く食い破ったのみに留まったのだ。

 死にはしないと見切ってはいたが、ここまで傷が浅いとさすがの燐花も絶句したままで二つの銃を握り直す。


「さすがに困ったわね・・・・・・」


「ええ、これで駄目となると骨が折れますね」


 苦笑いする燐花の隣で策を講じるべく思考を巡らせ始める恵。

 幸いにも目前の敵がこの場の人間を殺すつもりがなさそうなのが救いだが、それ故に無視して押し通る選択肢がなくなっているのだ。


 二人とも内心では悟ってしまっていた。


 この男を打倒するには、継続的に高威力の衝撃を叩きこまなければならない。

 つまり、完全に勝ち切るにはもう一人、火力のある変異者が必要となってくる。

 渡か楓人がここにいれば話は変わったが、次点に位置する実力者であろう怜司は今は動かせない。


 そうなれば他には一人しかおらず、今回は戦いに参加しない方向で話を進めていたので後方にいるはずだ。


 今ある戦力で出来る限りやるしかない、と燐花が結論に辿り着いた時。



「———やって、インドラ」


 それは燐花が内心で救援を望んだ人間の声であり、力の具現化を成す呪文。

 バチリと男の周りが放電し、それらは余波を生み出しつつ防御膜に阻まれる。


「本当にすごい堅さだよねぇ・・・・・・」


 ため息と共に現れたのは後方で敵の警戒に当たっていたはずの明璃だった。

 顔はしっかりとフードで隠して黒いマスクまで装着している念の入れようだが、彼女が自分でここに来ると決めたとすれば不自然な程に完璧なタイミングだった。


「味方の戦況が見える場所にいろって、こっそり参謀に言われてたからね。わたしの出番かなって」


「正直言って助かったわ、力を貸して。この人、あたし達より火力はあるから何とか行けそうかも」


「それでは作戦の練り直しですね」


 敵の目の前で作戦会議をするわけにもいかず、手短に恵は二人に囁いただけだ。


 明璃を加えたおかげで戦場は再び士気を取り戻す。

 先程、明璃が放った放電はあくまでも、相手の防御がどの程度かを見極める為の試金石でしかない。

 元々、火力だけで自分から圧し潰しに行くのは彼女の得意とする所ではない。

 攻勢に出るリスクを背負えるレベルではない、彼女の能力はまだ他のメンバー程には極められていないのだ。


「ねえ、ちょっといいかな?」


 だが、明璃は目線を立ちはだかる男に向けると柔和な口調で訊ねる。

 来るかと身構えていた男は、緊張感のない口調に毒気を抜かれたように表情をほんのわずかに緩めた。


「・・・・・・何か用か?」


 それでも、ぶっきらぼうな態度だけは相変わらずだった。


「一応、聞いておくね。通してくれる気はないんだよね?」


「今回は烏間に協力しろとリーダーに言われてるからな」


「リーダー・・・・・・?」


 恵の予想だにしていなかった、別人の存在を示唆する発言に眉根を寄せた。

 マッド・ハッカーの一員でないとは聞いていたが、個人で雇われた傭兵かと思っていたのは迂闊だった。

 烏間が個人で変異者を雇っているのは事前に知っていたからだ。


 しかし、今の言い方では別のコミュニティーが介入していることになる。


 恵も燐花も明璃の落ち着いた様子を見て、この場は彼女に任せるのが無難だと判断して口を噤んだ。

 どうやら男も特に情報を隠す気はなさそうだ。


「あなたのコミュニティーはどこなの?」


「スカーレット・フォース。リーダーの名は教えられないが、俺は城崎界都しろさき かいとだ。今更だがよろしく」


 不愛想かと思えば、意外にも友好的にコミュニティーに加えて自身の名前まで教えてくれた。


「そ、そこまで教えてくれるとは思わなかったけど・・・・・・ありがとう」


 苦笑いしつつ明璃は恵を一瞥するが、彼女は首を横に振った。

 エンプレス・ロアも管理局も知らないコミュニティーだったので、彼女達が知らなくても当然だろう。


「俺個人を調べても何も出ないし構わん。それにコミュニティーの名前を隠せとは言われてないからな」


「スカーレット・フォースはマッド・ハッカーと手を組んでるの?」


「そんなワケないだろ。ただ、今だけは手を貸す理由がある。今日が過ぎれば無関係、関わりたくもねぇよ」


 さすがに話して良いこと以外は伏せて来る様子で、城崎からこれ以上の情報を得るのは難しいだろう。

 今でも思った以上の情報は得られており、あまり成果を欲張っても得られるモノは知れている。


「俺達は殺人ギルドとは違う。スカーレット・フォースは変異者を救うためのコミュニティーだ。その為なら、いけ好かない奴だって今は守ってやる」


 変異者を救う、その言葉を簡単に信じるのは難しい。

 だが、現に城崎が人は殺さない信念に基づいて行動しているのも事実なので、完全に否定する材料もなかった。

 そう思わせる為に手を出さなかったとも読めなくもないが、アピールの手段としては回りくどい。


「どっちにしろ、やるしかないってことだよね」


「俺はお前達を足止めする。それ以上は望まない」


 返答を聞いて燐花は何かが引っ掛かっていたが、その正体に辿り着いた。

 どちらかが死ぬかもしれない楓人と烏間のいる戦場に無頓着すぎる。


 まるで、絶対に安心できる何者かが向かっているように。

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